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絵画の制作技法・構造と効果 |
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アクション・ペインティングの創始者として、また現代絵画の本流をヨーロッパ(フランス)からアメリカへとたぐり寄せたジャクソン・ポロック。彼の“行為”と“絵画史上の業績”については、すでにあらゆる方面で語られており、ここではあえて繰り返しません。 それよりも気になるのは、ポロックの作品そのものと思考。 「ポロックのような作品なら俺にも描ける」などという不遜な話もあるとか、ないとか。私なんぞは、そういう人たちに「ホントか?」と問い詰めてみたいほどです。 要するに、ポロックの作品は、相変わらずある側面からは無理解に曝されており、また、作品の魅力についてもアクションとしての“行為”とその産物?である“流動する線(生命力に満ちた力感と、隆起するリズム)”ばかりが注目を集めます。ポロック作品の魅力はそれだけなのか? いえいえ、それだけではありません。そこで今回は、ポロック作品の、リズムと生命力に満ちた力感以外の魅力の諸要素について、その手法と効果の解読を中心に進めていきます。
■ポロック作品の色彩の特徴と技法効果 ポロック作品の手法を、通常とは異なる観点から批評したものとして注目すべきは、現代美術家であり彫刻家(アース・ワークともいえる)のリチャード・セラの言葉です。 「しかし『秋のリズム』でのポロックは素材、過程からフォルムがひとりでに現れるように仕向けている。その頃学生だったわたしには、過程からフォルムがひとりでに現れるというところが、とにかく重要だった」 『語る芸術家たち 芸術館の名画を見つめて』 著:マイケル・キメルマン 訳:木下哲夫 発行:淡交社 2002 p90 リチャード・セラのことば 「当時はみなが口を揃えてポロックの色遣いはまずいと言ったんだ。わたしはポロックの色の使い方は素晴らしいと思うな。こんな色で絵を描いた人がほかにいたかい? ポロックは自分だけの色を発明したんだよ」 『語る芸術家たち 芸術館の名画を見つめて』 著:マイケル・キメルマン 訳:木下哲夫 発行:淡交社 2002 p94 リチャード・セラのことば ポロックの色彩について、これだけ明確に賛辞したものはあまりないでしょう。では、リチャード・セラがそれほどまでに言う、ポロックの色彩とはどのようなものなのか? そこで、まずは色彩だけに焦点を当ててみます。 皆さんがわかりやすいよう、ポロックの色彩について多くの焦点を当てているといえる名著、集英社発行の書籍『世界の現代美術 アート・ギャラリー ポロック』(編集委員:中山公男、東野芳明、大岡信 1985年)から、色彩部分について以下、引用してみます。少し長くなりますが、前提条件出しの確認作業でもありますので、しばらくは辛抱を! まずは、ポロック作品で具象的イメージが残っている時代のものから… 「当時のメキシコ壁画運動の影響はたしかに感じられる作品である。黒い地の上に、流動的な曲線がひしめいた、内蔵や動物や人物を思わせる……」 「題名から察して(《雄と雌》1942頃)、左の赤い乳房や孕んだ腹のあるのが雌であり、右の下部に三角形の突起のある柱が雄だろうと推測できる。明るい青の地にはげしい線が走り、数字が書き込まれ、二つの柱の間には、白い矩形や色のある菱形が挟まっている」 (作品《水鳥》1943年についてのなかで)「抜けるように明るい空のような青の地の上を、切り抜きのような白、黒、赤などの形が舞い、さらに絵具を筆につけずに、直接画面にほとばしらせた跡が奔放に走っている」 (作品《ゴシック》1944年についてのなかで)「ポロックのこの作品では、黒の骨太の線とひっかきめいた(?)白い線がふくれあがるような形を生み出し、ほとんど隅々まで、あふれるばかりに充満している」 (作品《壁画》1943年についてのなかで)「一部分にドリッピングの手法が見られるが、それよりも、逞しい黒い線が垂直方向にはねまわるように描きこまれ、十数人の人間が踊りながら行進しているようで、いささか漫画めいたユーモアまだも伴った、陽気で生き生きとした絵だ」 「その中の《不吉な鳴き声の動き》(1947年頃)は、赤の地を主調に、チューブから直接押し出した(?)白の線がひきつったように走り、中央の黄色や黒の部分に、エルンストを思わせるような…」 次は、アクション・ペインティング完成時以降のもの。 (《木馬:ナンバー10:1948》についてのなかで)「茶色の木綿地のキャンヴァスを厚紙に貼り、白、青、赤などのエナメル塗料が投げ縄のように運動感のある痕跡を画面に残し、…」 (収斂:ナンバー10:1952)「部分を見ても、息のつまるような、揺れ動く密度はどこも均質で、しかもとび出す赤に黄が拮抗し、黒がひきとめ、白が横にひろがり、眼差しはとどまることのない永久運動をくり返してゆく」 以上、『世界の現代美術 アート・ギャラリー ポロック』 編集委員:中山公男、東野芳明、大岡信 発行:集英社1985 第2章 アクションの美学より そのほかの作品においても、《ナンバー13A:1948 アラベスク》は茶色の地に黒と白とモスグリーン(緑)が、《五尋の海の底》(1947)は深い緑を基調に、白、黒、アクセントとしてオレンジ、銀色が、《伽藍》(1947)は白を基調に黒、オレンジ、銀が、《黒、白、黄、赤の上の銀》(1948)はまさにタイトルどおりの色が、《ナンバー8,1949》は黄色の地に黒、赤、モスグリーン、オレンジが、《カット・アウト》(1948―50)は黒、赤、オレンジ、白、水色が、《ナンバー3,1949:虎》は黒、白、黄、オレンジ、水色、モスグリーンが、《ナンバー4,1950》は茶色の地に赤、水色、オレンジ、レモンイエロー、黒が、《秋のリズム:ナンバー30,1950》はベージュの地に黒、白、ベージュが…。 さて、くどくどと計17作品を取り上げました。もう気付いていますよね。ポロックの作品で使用される色相の幅は広い。 でも、よく見ていくと、色相のR(赤)を暗くしていくと、茶色となる。Y(黄)を渋くしていくとモスグリーンになる。PB(青)の彩度をあげていくと水色になる。無彩色の黒の明度を上げていくと銀や白になる。つまり、色相の幅は広いが、使用している色の種類は少ない(限定されている)。 ちょっとわかりにくいかもしれないので、図にまとめてみました。ポロックが中心に使用する色彩は以下のようなものです(ちなみに、この表はマンセル・システムに準拠したものものです) さて、この表からどのような技法が導きだせるか? まずは、表の横軸にある「色相」から。これは、わかりやすいですよね。いわゆる「色相配色」。 「色相配色」の効果については、小林重順 著、日本カラーデザイン研究所編の『カラーリスト 色彩真理ハンドブック』(発行:講談社 1997)から引用させてもうと、 「多色相を使う色相配色は、活気あふれる雰囲気を演出するのに効果的で…」(p50)「多くの色相が競い合うと、はなやかなイメージが生まれる」(p82)ということになります。 さらに、この色相を見ると、次のことに気付きます。Rの反対色相のBG、Yの反対色相のPB、そして無彩色の多用…これは、色彩における「コントラスト」を生み出します。 「コントラスト」については、塚田敢 著『色彩の美学』(発行:紀伊国屋書店)から引用させてもらいます 「コントラストとは質的または量的に互いにはなはだしく異なる二つの要素が配列されたときに、相互の特質がいっそう強調されて感じられる現象をいう」 そして、もうひとつこの表からわかること……それは縦軸のトーンの幅の広さが加わるとどうなるか。、「色の同時対比の中でも明度の異なった色が配される場合は、明るい色はより明るく、暗い色はより暗く感じられる」(p113) つまり、ポロックの色彩は、数少なく絞り込んだ色が、「コントラスト」によって、それぞれが“立っている”状態にあるわけです。それがどうした! という方、もう少し我慢です。まだ、前提条件出しをしている段階ですから。「でも、色それぞれが、個別に立っているようには見えない!」と言う方、その着眼点がいいですね。 コントラストばかりの関係であるならば、それでも色彩が個別に自立して目立つはずなのに、そのようにはさほど感じない。 その理由のひとつは、ポロックのタッチともいうべき線から由来しているのです。ポロック作品の場合、どの色彩も、たいていは流動する形状(線)として描かれています。その太さなどに確かに差異はありますが、全体の形状としては似通っています。 これらにはどのようなものが潜んでいるのか? 「つぎにコントラストと反対の概念で、シミラリティーすなわち類似ということがある。造形の要素が互いに似かよったものは、その差異を小さくしてゆけば、ついには同等となるが、このような同等に近いか、または同等の関係をシミラリティとよぶ。……(中略)……このようなシミラリティーは個個の造形の要素の中に共通性があるために、それらが密接に結びついて似かよったものとなるのであって、全体として穏やかなまとまった感じとなり、類似の調和が生まれる」 塚田敢 著『色彩の美学』発行:紀伊国屋書店 1978 p165 つまり、ポロックの作品では、色彩はコントラストを強めながら、形状はシミラリティーによる全体の調和を図る作用が働いているといえます。 そして、この関係は、構造へと影響を及ぼしていきます。
■ポロックはコントラストを考えていた、そして構造へ ポロック作品の構造・構図については、その大半がその“行為”の観点から語られます。 「最初は、チューブから直接押し出された絵画の線跡が画面をびっしりと埋め尽くし、暗示的なイメージはほとんど姿を消していた。やがて、油絵具や筆が捨てられ、床に大きなキャンバスをひろげ、自動車塗料のデュコなどの速乾性の絵具を筆や棒の先につけて、はげしいアクションによって画面にしたたらせ、スピード感のある線跡が生まれる」 『世界の現代美術 アート・ギャラリー ポロック』 編集委員:中山公男、東野芳明、大岡信 発行:集英社1985 第2章 アクションの美学 「これらの液体顔料がふり注がれて、法外に濃厚なクモの巣状の織り目模様、色彩の絡まりが生み出されるのだ」 『モダン・マスターズ シリーズ ジャンスン・ポロック』 著:エリザベス・フランク 訳:石崎浩一郎、谷川薫 出版:美術出版社/アベヴィル・プレス共同出版 技法について p113 ポロック作品のことを知っている方なら既にご存知のことですね。 でも、私は、ここであえて構造・構図と視点を持ち込みたい。「そもそも、ポロックは構図・構造ということを考えていたのか?」 と疑問を持たれる方が大半かもしれません。 「それよりも、上記に記した色彩のコントラストということを本当に考えていたのか疑わしい?」と考える方もいることでしょう。 確かに、ポロックの言葉の中には、コントラストや構図について直接言及するものはない?ようではあります。しかし、コントラストのことを考えていたのは、間違いないでしょう。それは作品が証明しています。 ポロックの作品には、実はさまざまな素材が登場します。ざっとあげて見ますと……自分が吸った煙草の吸殻、小石、マッチ棒、ボタン、釘、櫛の歯、玩具の木馬の頭、紐、金網、色ガラスの破片、オハジキ玉、そして、顔料としてのエナメルとアルミニウムペイント。 どうして、このようなものを画面の中に取り入れたのでしょうか? タイトル(主題)にも関連するメタファーとして取り入れられているものもありますが…。そして、中にはキャンバスを故意に切り抜いたものまであります。 これらの行為をどう説明しますか? 「コントラスト」という視点からなら、このことは解釈できます。 思い出してもらいたいのが「コントラスト」とは“色彩”と“形態”だけのものではありません。そこには、テクスチャ(テクスチュア)による要素もあるわけです。ポロックは“色彩”だけでなく、そこに他の異質な“テクスチャ”も取り込むことによって、テクスチャとしてのコントラストも作った、と考えれば、このような“異物”たちを画面に取り込む行為は、不自然ではないはずです。 そうなれば、アクションペインティングで、その流動的な形状を作る上で必要となったアルミニウムという顔料のほかに、さらにエナメルという、また異質なテクスチャを作り出す顔料も併用したことも同様に理解できるのではないでしょうか。 その視覚的効果については、すでに名著と述べた集英社発行の書籍『世界の現代美術 アート・ギャラリー ポロック』(編集委員:中山公男、東野芳明、大岡信 1985年)に格好の批評がありますので、引用させてもらいます。 (《伽藍》1947、《黒、白、黄、赤の上の銀》1949などについて)「この二つの作品もそうだが、ポロックのアクション・ペインティングには、しばしば、アルミニウムペイントや銀の塗料が、エナメルや油絵具にまざって使われている。その種の作品の前に立つと、立つ位置と光線の具合によって、ある場合は、沈んで見える。ひとつの絵の中に、もうひとつの絵が重なっているようで、空間の微妙な錯綜がさらに増幅され、画面が見る者の時間や身体性に伴って、生き物のように変化して見えるのである」 「それぞれの線跡が、アルミニウムが光の具合で浮いたり沈んだりするだけでなく、はじけ合いながら同時に絡み合って、いくつもの絵が、あるものはこちらにとび出し、あるものは後ろに引き込んで、目のくらむような錯綜した運動を繰り広げてやまないのである」 ポロック作品は、コントラストを執拗に繰り返す(同一の色彩がある部分では下に見えたり、ある部分では上になったり。しかもそれは色彩だけではない)ことによって、身る人に多重の空間を提示するのです。しかも、その空間(キャンバス)は非常に大きい。そのために、視覚者は、その視点の場所によって異なる視覚体験を受けることができる上、感覚的な興奮・麻痺状態をも呼び覚まされるのです。
■構造の源泉、ポロックの思考 ポロックがこうした構造を意識していたことを証明する? ポロック自身の言葉があります。 「そして、夫人が画家に『既知のイメージがあらわれたときになぜ止めないのか』と尋ねたところ、『イメージの世界を覆い隠すことにしたのだ』という答えが返ってきたという。 イメージの世界を覆い隠すということ、これは何を意味しているのか? その鍵を握ると思われるポロック自身の言葉として、以下のものをあげましょう。 「わたしの絵の源泉は無意識である。わたしは絵にアプローチするのにデッサンと同じやり方でする」 宮川 淳 「ポロック その言葉」 『美術手帖1968年1月号』 発行:美術出版社 p65 「われわれはみなフロイトに影響されている。わたしは長いことユンクの徒だった…絵は存在の一状態である…絵は自己発見である」 宮川 淳 「ポロック その言葉」 『美術手帖1968年1月号』 発行:美術出版社 p67 あらゆるところで繰り返し取り上げられる著名な言葉です。しかし、ここでいう「無意識」という言葉へのアプローチの仕方によって、大きく捉え方は異なります。 たとえば、自動筆記のような、潜在意識にまかせた「無意識」と捉えるならば、ポロック自身が構造を意識しているとは言い難くなります。大きく譲っても、おおまかな目安はつけておいて、後は即興(それまでに身体に染み付いた知識、経験による)で描いた、というところでしょう。そして、このような見解が、本流といえるでしょう。 しかし、私は手法というコーナーでポロックを取り上げ、ここまで、別アプローチで手法(または効果)を見てきたのだから、やはりここでも違うアプローチを試みます。 それは、“人間の一状態”や源泉である“無意識”というものをテーマとして捉え、そしてそれに相応しいように、できる限り無意識とつながる即興で描いた、というものです。 無意識(=潜在意識とも)とは、どのようなものでしょうか? 俗に「イメージ・記憶の海」ともいわれています。過去に見、聞き、読み、してきたさまざまな体験や知識が、織り重なるように混沌として沈んでいる場所。そこには単一のイメージというものはなく、さまざまなイメージが脈絡もなく絡まっている…そんなところ。 この説を補強するものは、上記にあげたポロックの「イメージの世界を覆い隠すことにした」という言葉や「塗料の流れをコントロールすることは、かなりな程度まで可能であるように思われる。わたしは偶然は使わない。なぜなら偶然を否定するからだ」 (宮川 淳 「ポロック その言葉」 『美術手帖1968年1月号』 発行:美術出版社 p66) というものでしょう。ポロック自身、「流れをコントロール」する意志を明確に示しています。(偶然性についての解釈は、またここで分かれる見解があるので割愛します)。対して作品制作において、「無意識にまかせた」とは一言も言っていないのですから。 そして、「無意識をテーマ」にしたのであれば、イメージ自体が幾重にも重なり絡み合い単一のイメージが見出せないこと、ある部分が前方に出たり後方に下がったり、明るくなったりする(無意識の中から私たちが日常生活の中で、そのケースに当て嵌まるある部分を抽出したり、ある部分に光を当てる=記憶としてありありと思い出す)ということなど既に記した構造が、より自然なものとは感じませんか? この説をとるかどうかは、いつものとおり貴方の判断に任せます。別の機会(コーナーなど)に、今度はある著名な哲学者の思想との共通点をあげながら、無意識の構造を取り上げたいと思います。ここで、それを取り上げると、また更に長くなりますし…興味のない方もいるでしょうから。 「無意識」に対するアプローチの是非はともかくとして、しかし、既にあげた複雑な手法と効果は、次の言葉にあるような、ポロック作品の芸術として最大の魅力につながるものでもあると私は考えるのです。 「ポロックの絵には、焦点を求めて合理的一元的に世界を把らえようとする眼差しを、はぐらかし、すり抜けてしまうところがある。そして、本来、世界とは、この絵の前に立ったときのように、硬直した眼差しをすり抜けてゆくものなのだ」 (『世界の現代美術 アート・ギャラリー ポロック』(編集委員:中山公男、東野芳明、大岡信 発行:集英社1985年)
(文中の太字は筆者の私、トビー高橋の独自の判断によって行ったものです)
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