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美術家の言葉 |
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■作品撤去運動が起こり最終的に撤去された作品『傾いた弧』について、及び、自身の作品の意図となるものとして… 「広場は水平面である。作品は広場をいくつかの彫刻的な容量に分割し、広場の<内容−構成>を装飾的なものから彫刻的なものへと変換する。わたしはそれまでにフォルムとしては存在していなかった形を作りだすことによって、すでに存在するものの総体にさらになにかを付け加えようとした」 ※1
■自身の作品がモニュメント的と言われることについてのセラ自身の見解として… 「かたちのうえでも内容によっても、それらは絶対にモニュメントの歴史なんかには関係ないのだ。…(中略)… 私は非実用的で非機能的な彫刻だけに興味があるのだ。どんな用い方も誤用なのだ。もしもある作品が、それ自体として実質的であるなら、美化されたり、飾られたり、ある特定の建造物を示したりはしないし、すでに存在しているような構文のなかにそれ自体を落とし込むようなことはしない。作品の制作において私は、その大要を分析し、それを再び明確化する」 ※4
■セラが制作において、また作品を判断するうえにおいて重要視しているものについて… 「本人の言によれば、自分にとって大切なのは空間、量感、重量等々の基本要素だそうである。ドラマは作品の大きさ、素材、重量、フォルムから生まれる」 ※2
「素材の特質を活かすこと、メロドラマの嫌悪、物理的な力としての作品の大きさ。さまざまなアーティストの価値を判断するとき、セラが目安にするのはこうした点である」 ※3
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<リチャード・セラ関連の書籍>
美術家の言葉の引用先、流用先文献 ※1 『現代美術 ウォーホル以後』 編:美術手帖編集部 発行:美術出版社 1990 p173 ※2 『語る芸術家たち―美術館の名画を見つめて』 著:マイケル・キメルマン 訳:木下哲夫 発行:淡交社 2002 p96 ※3 同上 p98 ※4 『ニューヨーク・アーティスト50人』 著:リチャード・マーシャル 肖像写真:ロバート・メイプルソープ 訳:木島俊介 発行:同朋舎出版 1992 p105
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