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美術家の言葉 |
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■ジェフ・クーンズが高級消費財などをブロンズやステンレス・スティールなどで鋳造して、読みかえ(シュミレーショニスムまたはアプロプロシエーション)を行ったことの、意味のひとつとして… 「ブルジョワの罪と恥を取り除こうとしている。品位の低下がブルジョワに自由を与えるのだと思っている。…(中略)…アートの素晴らしいところは、それが完全な解放で、なんでもアリなところ」※1
■自作にどのような効果があると考えているかの一端として… 「問題はコミュニケーションなのです。それもマーケティングの発想に通じるとおっしゃるのでしたなら、そうにちがいないでしょうが、私はあくまでもトータルにものを考えています。 大事なのは、多くの人の生活の助けとなるようなアイデアを伝達することであり、生活のパラメーターを増やすことなのです。それは進歩した物理学や高度な理論を人に教えることよりも重要です。というのも、そういった理論は、たったひとつのパラメーターにすぎないのですから」 ※3
■ジェフ・クーンズが、あえて意識していることのひとつ(ある対象)として… 「…私はこれによって、芸術をモダニズムの専制から救出し、そのポストモダンへの方向づけの一助となったと自負しています。 ポストモダンの芸術が位置するのは、客観的な領域です。一方、モダニズムは主観性なものであるセックスの問題もその方向であつかっています。もし人が主観的なるものの深遠、つまりセックスの深遠に立ち向かおうとするなら、人は同時に愛という、すぐれて客観的なる領域にも身を投じなければなりません。問題は一なること、つまり私がジェフ・クーンズで彼女がチョチョリーナであるということではなく、そうしたパーソナリティを消去してしまう内容なのです。誰にとってもそれは同じです」 ※4
■ジェフ・クーンズにとってのファイン・アートとは何か、を現わすものとして… 「大事なのは、人間、やろうと思えばなんでもやれる、ということです。誰だって自分のまわりに自分なりのリアリティをつくりだすことができる。芸術が素晴らしいのはその点です。芸術とは、なによりもまず他人から政治的に自立する思考パターンの謂なのです。みずからの芸術活動に自信がもてればこっちのもの、自分の望むリアリティのなかで生活しているも同然なのです。とにかくその点で自信をもつべきです。私の作品=生活がその証であると、私は自負しています」 ※5
■ジェフ・クーンズの独自のスタンスのある一面として… 「ぼくは広告とメディアを完全に信じている。ぼくのアートと私生活はそれに基づいているんだ」(『ジャーナル・オブ・コンテンポラリー・アート』1988年春号 )※2 それを補足するものとして… 「メディアとは、多くの人とのコミュニケーションを可能にし、情報をあたえるものです。私はそれに全幅の信頼を置いています。メディアに落胆したことはありません」 ※6
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<ジェフ・クーン関連の書籍>
美術家の言葉の流用先、引用先 ※1 『THE NOW ART BOOK』 監修:ヴァルデマー・ヤヌシャック テキスト:セリア・リッテルトン企画編集:資生堂企業文化部ザ・ギンザアートスペース『ル・ミレニュム』編集部 平山景子、豊田佳子、深井さえ子 発行:光琳社出版 1996 p88 ※2 ロバータ・スミス「ジェフ・クーン 消費の儀式」訳:長谷川祐子 『美術手帖1989年2月号』 発行:美術出版社より p178 ※3,6 「ジェフ・クーンズ・インタビュー 愛を巡るダイアローグ --永遠の美は世界を救う」 インタビュー・構成:美術手帖編集部 通訳:山本美智子 翻訳:上田高弘 「美術手帖1990年10月号」 発行:美術出版社 p71 ※4 同上 p74 ※5 同上p76-77
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