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美術家の言葉 |
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■ジャコメッティが描いては潰すというを繰り返し続けた制作過程で、感じていたこととして… 「自分にとって大冒険というのは、同じ顔の中に毎日未知のものが出現するのを目のあたりにすることなんだ」(フランシス・ベイコンが聞いた言葉として) ※4 「今日は前より、あなたの顔の構造がよく見えます。ええ、本当なんですよ。内部の建築をとらえなければ、事物は描けません」 (矢内原伊作との対話 『同時代』誌第11号所収 1957年11月/アルベルト・ジャコメッティ『エクリ』 パリ、エルマン、1990年) ※10 「一つの顔のなかにある力のすべてを肖像に取り込むことなどけっして私にはできないだろう。その力を経験するだけで、途方もない意志、途方もないエネルギーが必要だ…」 ※2
■ジャコメッティが制作においてこだわっていたこととして… 「いったいどこに類似があるのだろう? どこに真理があるのだろう?」 ※7 「どうしたらある物を再現できるか、ひとつのイメージ、表象されたオブジェの外観を創造できるか? どうしたらその正しさを認められるのか? どうやって類似をとらえるのか? おまえが見つけたのは、あらゆるものが唯一で模倣できない宇宙にあっては、そんなことは不可能な仕事だ、ということではないのか」 ※8
■ジャコメッティを探究または迷宮へと誘い込んだ? 考えを表すものとして… 「でも私にとっては、現実は初めてそれを表現しようとした時と全く同じように無垢で未知のままなのです。つまり、今までなされてきた表現はどれも部分的なものでしかなかったのです。人の顔でも木でも、私には外界は今日まで描かれてきた表現と全く同じようには見えません。これまでの表現は部分的だったと言いましたが、そうなのです。 でも、過去の絵画や彫刻のなかに与えられていないものは、私の眼から見てまだあります。こんなふうに考えるようになったのは、私が見ることを始めた日からのことです。何故なら、私は以前にはスクリーンを通して、すなわち過去の芸術を通して見ていたのであり、ついで少しずつこのスクリーンなしに見るようになって、既知のものが未知のものに、絶対的な未知のものになったのです。すると、それは驚くほど素晴らしいものになり、そして同時に描くことが不可能なものとなってしまいました」 (アルベルト・ジャコメッティ、ピエール・ジュネーデルとの対話、『エクスプレス』誌所収、パリ、1961年6月8日/アルベルト・ジャコメッティ『エクリ』、パリ、エルマン、1990年) ※9
「ある日、自分の部屋で、私は椅子の上に置かれたタオルを眺めていた。すると、本当にこんな気がしてきた。一つ一つの物が独りきりだというばかりでなく、それにはある重みが――あるいは、むしろ、重みの不在が――あり、そのためにこの物は、他の物の上にのしかかることを妨げられている。タオルは独りきりだった。あまりに独りきりなので、椅子を取り去っても、タオルは位置を変えないだろうという気がした。タオルにはそれに固有の位置が、固有の重みがあった、そして、それに固有の沈黙まで。世界は軽やかだった、本当に軽やかだった…」 ※1
■ジャコメッティの現実の捉え方のある側面として… 「動きは静止の連続でしかなくなる」 「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 p132
■ジャコメッティの制作現場の一場面… 「私はぼろきれのような人間、敗残者にすぎない…。それでもなお、ごらんのとおり、私ははたらいている、仕事をつづけているんだ。昨日の晩は、真夜中まで、夢中になってこの胸像に取り組んでいた。そして朝の三時に、眠るかわりにラ・クーボールまでいってきた後で、七時まで制作をつづけたんだ。私はほとんど寝なかった。そして起き上がると、この胸像に早く戻りたくて、コーヒー一杯飲むひまもないほどなんだ……」 ※6
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美術家の言葉の引用先、流用先文献 ※4 『フランシス・ベイコン 対談 ミシェル・アルシャンボー』 著:ミシェル・アルシャンボー 訳:五十嵐賢一 発行:三元社 1998 p51 ※1 「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」 著:ジャン・ジュネ ※6 『わが生涯の芸術家たち』 「アルベルト・ジャコメッティ」 著:ブラッサイ 訳:岩佐鉄男 発行:リブロポート 1987 p63 ※7 同上 p63 ※8 同上 p67 ※9 「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 p102 ※10 同上 p186
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