美術家の言葉 red05_next.gif 抽象形態>コンスタンチン・ブランクーシ


  

  

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ブランクーシが到達した単純化された形態表現が意味するもの…

「単純さは、芸術の目的ではない。しかし、事物のリアルな感覚に接近してゆくと、知らず知らずに単純さに到達するのである。単純さは、その底に複雑さを秘め、その意義を理解すためには、その本質によって人は成長しなくてはならない」(ブラマー画廊での個展カタログ、ニューヨーク、1926年) ※8

 「『私がしていることのすべては、形態の探究なのです』 『<ビフテキ>(実物にもとづくアカデミックな作品のこと)をつくることはできます』。『でもそれは1907年にまるごと捨ててしまったのです。墓地に祈っている女性をつくるように頼まれたとき、その主題を形態へと単純化したのです』」 Russell Warren Howe,“The Man Who Doesn't Like Michelangelo,” Apollo 49(May 1949):124. ※7

「私はひざまずいた女性のかたちと『祈る人』という観念を追及し、ようやくそれに到達した。私自身の道を見出して、救われた思いだった。正確な(対象)の模倣は屍体をうむだけである。私のこの作品を抽象ということは馬鹿げている。それがいかに抽象的な性格をもっていようとも、それはきわめてリアルなのだ。リアリティというのは外形ではなく観念のことであり、事物の本質のことなのである」 Brancusi, in Claire Gilles Guilbert, “Propos de Brancusi,”Prisme des arts 12(December 1957):5-7 ※6

 

自作の「空間の鳥」「魚」シリーズなどについての解説ともなるもの…

「あなたが魚を眺めるとき、あなたはそのウロコに注意はしない。そうではないでしょうか。あなたは水面下のその動き、その遊泳、その肉体のきらめきを考える…そうです。私が表現したいと思うのはこれなのです。もし私がそのヒレ、目玉、ウロコを再現するとすれば、私は動きを殺してしまい、現実のパターン、あるいはその外観を得たことにしかなりません。私がとらえたいのはその精神のきらめきなのです」 Bracusi, in Malvina Hoffman,Sculpture Inside and Out(New York: W.W.Norton and Co.,1939),p.52 ※4

「鳥の高さは、それ自体では何も物語らない。肝心かなめなのは、対象の内的なプロポーションである。最近作の鳥をみても、相互の差は、写真ではほとんど見分けられないだろう。けれども、それぞれは新たな霊感によるものであり、前のものとは別のものなのである」    Burancusi, ibid.,p.115 ※3 

 

 (「王妃X」について)「私の彫像は、“女”、ひとつのものにまとめられたすべての女、本質にまで還元されたゲーテのいう『永遠に女性的なもの』を対象としているのです…これが最初のヴェージョンです。それから、5年間、手を加え、単純化し、素材に語らせ、表現しえないものを物語らせようとしました。実際、女とは正確には何者なのでしょう。ボタンと会釈、唇に笑みをたたえ、頬に紅をさしている…それは、女ではありません。この存在を表現するために、はかない形態の永遠のタイプを感覚の世界に引き戻すために、私は5年間を費やして作品を単純化し、磨き続けたのです。そして、ついに、私は勝利を獲得し、物質を超越したのです。そうではなく、小さな穴をあけて、髪の毛や目や耳をあらわそうとしたら、美しい作品が無残にも台無しになってしまうでしょう。しかも、私の素材は非常に美しく、その曲がりくねった線は、まるで黄金のようにきらめき、この世の女性のありとあらゆる姿を、ひとつの原型に要約しているのです」 Burancusi, in Roger Devigne,L'Ere nouvelle,January 28 1920; quoted in Hulten etal.,Burancusi,pp.130-132 ※5

 

ブラクーシにとっての“彫刻”であることのこだわりを表すものとして…

「選ばれた素材を直接彫ってゆくのが、彫刻へと通ずる真の道である」 ブラマー画廊での個展カタログ、ニューヨーク、1926年 ※9

(「沈黙の円卓」を制作する際に助手に向かって)「農民が柱や門を切るときのように粗いやり方で切らせなさいというのです。ブランクーシはこういいました。『私は、たがねの跡が不規則に残っているようにさせたい。つまり、それが鋳造されたものではなく、手で彫刻されたことをはっきりさせたいのだ』と」 ポール・アンヘルの言葉 Edith Balas ,“The Sculpture of Brancusi in the Light of his Rumanian Heritage,”Ph.D.diss.,University of Pittsburg,1973 ,p.25 ※10

 


 

 

  

 

 

 

 

 green07_next.gif ブランクーシの「美術家DATA」

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美術家の言葉の引用先、流用先文献 

※3〜10

「モダン・マスターズ・シリーズ コンスタンチン・ブランクーシ」

エリック・シェインズ著  中原祐介・水沢勉訳 発行:美術出版社(アベヴィル・プレス共同出版) 1991