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Edverd Munch |
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エドヴァルト・ムンク |
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| 経歴 1863 南ノルウェー、ヘッドマルク洲の軍医の家庭に生まれる。生まれてすぐにクリスティアニア(現オスロ)に転居。5歳の時、母が結核で死去。 それを機に父親は宗教的な人間となり、高級住宅街から貧民街に入り、貧民からの治療には金をとらず、厳格でしかし、陰鬱でいつも不機嫌な人格となる。14歳の時、ひとつ年上の姉ゾフィエがやはり結核で死去。病気と死への不安が生涯離れないものとなる エンジニアになるため工業専門学校に入るが退学し、王立美術工芸学校に入学 1881 自然主義の作品から影響をうける 1883 グループ展に出品 1884 アナーキストの作家イェーゲルやボヘミアン運動のグループとの交流から、独自の画風に変化していく。フリッツ・タヴロヴの野外美術学校に参加 1885 奨学金を得てパリ短期滞在。帰国後、結核で死んだ姉ゾフィエの病床の経験を生かした『病める子』などを制作し翌年発表。批判を浴びる 『病める子』は6点の油彩画、2点の版画で繰り返し描かれる 1888 国際展へ出品 1889 ノルウェーで個展開催。ノルウェーでは当時個展形式は初めてであった。 パリ万博に出品。同年父が死去。92年政府給費生としてパリに滞在。ゴッホ、ゴーギャンの作品をゴッホの弟テオのギャラリーで見る 1892 ベルリン美術協会主催で招待されて出品した一連の作品が、大論争となる。美術への冒涜と非難され、大差で作品撤回要求がとおり個展が閉鎖される。しかし、このスキャンダルが話題となり、巡回展が開催される。 また、これを機にベルリン美術協会は分裂し、ベルリン分離派の遠因となる 1893 「生命のフリーズ」シリーズの一部完成。著名な『叫び』を制作 1894 著名な『思春期』(ムンクは「夜」と呼んでいたという、ベットに腰掛けた少女の影が壁に大きな成長への不安、自身の変化に対する不安を表した影が描かれたもの)を制作。 この年、最初のエッチング、リトグラフ作品を制作 1895-96 弟が死去。パリに滞在。ビング画廊、ブロムクヴィストの画廊で個展。ここでもボイコットさせようという人々との騒ぎが起きる。象徴主義の文学者(マラルメ、イプセン)とも交友 1896-98 各地で個展を数多く開催。主にノルウェーとドイツで制作。 1902 ベルリン分離派展に「生命のフリーズ」から22点の作品を出品 長く恋愛関係にあった女性とのトラブルにより、左手薬指を失う。「マラーの死」のモチーフに。その後、有力な収集家マックス・リンデがつく。 名声が高まり、ウィーン、プラハ、ストックホルム、パリ、オスロなどで展覧会 1904 ベルリンの大画商 1908 女性とのトラブル以後、恐怖観念が強くなり、ついに神経衰弱症になり入院。同年、ノルウェー王室から騎士十字勲章を得る。翌年も入院。その間に散文詩画集「アルファとオメガ」(リトグラフ18点)制作 1909 故郷のノルウェーに戻り、クリスチャニア大学(オスロ)講堂の装飾壁画にとりかかる。16年まで 1912 ケルンの分離派展に出品 1913 アーモリー・ショーに出品 1915-27 若い画家たちを援助 1927 ベルリン国立美術館、オスロの国立美術館で大規模展覧会 1930 眼病を患う 1940-44 ドイツがノルウェー占領。沈黙を続ける 1944 エーケリィにて死去
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<国内で見られる主な絵画・所蔵品>
<国内で見られる主な版画・所蔵品>
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より理解のために
“死”というものに直面したり、死を予感したときに、今自分が生きているということを実感できる いつかはかならず自分も死ぬということ考えることによって今の自分を新鮮に見つめること、生きていることの素晴らしさを感じられる……そのように話したのが、20世紀初頭の哲学の巨人ハイデガーでした(実存主義といわれています)。 ムンクの作品は、まさにこうした哲学の思想を先取り?し体現しています。 だからなんでしょうか、死なんて遠い先の話だ!とたかをくくっていた高校生の私はムンクなんて大嫌いでした。ところが、年を重ねてある段階に達した頃から、ムンク作品が、よく見えるんですよ。より輝きも増すし。 長い年月に耐え、見るたびに新しい発見をさせてくれる作品たちですね <ムンク関連の書籍>
参考文献 「ムンク版画展」1977 発行:日本経済新聞社発行 「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 監修:カトリーヌ・クロエス、フランソワ・ドールト、木島俊介 発行:東京新聞 1996 「美術手帖1981年10月号 特集 ムンク」 発行:美術出版社 「池田20世紀美術館」発行:池田20世紀美術館 昭和62 「125の作品 三重県立美術館所蔵品」発行:三重県立美術館 1992 「姫路市立美術館所蔵品目録」発行:姫路市立美術館 1994 「ひろしま美術館所蔵品図録−西洋編」発行:ひろしま美術館 1994
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