(Jean Louis) Theodore Gericault


  

  テオドール・ジェリコー


  

  

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美術と近代社会史フランス19世紀前中期

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ism(美術運動)の証言 目次

絵画の制作技法・構造と効果 目次

経歴

1791 フランス、ノルマンディ地方のルーアンで、煙草製造事業家の家庭に生まれる。両親ともブルジョワの出身。

1808 パリの名門校リセ・アルぺリアル卒業。父の反対を押し切り、カルル・ヴェルネのアトリエに入門。

1810 新古典派の大家ピエール・ナルシス・ゲランのアトリエに。

1812 「突撃する近衛竜騎兵士官」をサロンに初めて出品

1816−17 イタリア旅行へ

1821 イギリス旅行

1824 落馬の傷がもとで死去 

 

 

  

 

<国内で見られる主な絵画・所蔵品>

●東京富士美術館

制作年

突撃する帝政軍の将軍

1810頃

風景の中の山羊と羊

1812−16

 

  

 

ロマン主義の幕開けといわれる「メデュース号の筏」が特に著名です。しかしジェリコーは、イギリス旅行の際に競馬(ダービー)を観戦し、また数々の競馬や馬を題材にした絵画作品を描いた<馬キチ>でもあります(今風にいうなら競馬マニアか)

とかくいう、私も競馬の大レースはたまに馬券を購入したりしますし、乗馬をしたこともありますが、ジェリコーの競走馬はどうも皆同じ姿勢(ポーズ)で静止しているようで、ちょっと迫力に欠けます。「メデュース号の筏」を書いた同一人物とは思えないほどに。その分、彼の馬は妙に艶っぽさをもっていますが…。

 だから何なのかって? つまり、彼の馬は「決めのポーズ」という形式をとる新古典主義の絵画そのものであるということです。彼の時代は新古典主義一辺倒でしたから。そこから、あの躍動的な絵画を描きだしたのは、まさに勇気ある偉大な行為ではないでしょうか。

ドラクロワとは同じアトリエ仲間であり、そして33歳という若さで早世したことから、存在そのものが新古典主義とロマン主義の掛け橋であったといえるのでしょう。

 

 参考文献

「朝日美術鑑賞講座6 名画のみどころ、読みどころ 19世紀近代絵画@」 絵画解説 匠秀夫/近藤昭/太田泰人/山梨俊夫/水沢勉 発行:朝日新聞社 1992

「西洋美術館」 近代T 編集委員 千足伸行 発行:小学館 1999