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John Constable |
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ジョン・コンスタブル(カンスタブル) |
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経歴 1776 サフォークの製粉場経営者の家庭に生まれる。家族の反対にもかかわらず画家の教育を受ける(ロイヤル・アカデミー・スクールへ入学)。 1802 初めてロイヤル・アカデミーに出品。自然の画家になることを決意。 1806 トッテナムなどに滞在。数多くの山岳風景のスケッチを描く 1812−13 夏や秋のほとんどをサフォークで過し、田舎の風景のスケッチを続ける 1816 長い婚約期間を経て(女性の父親の反対があり)遂に結婚 1819 毎年、ロイヤル・アカデミーへの出品を続けており、ついに準会員に選出 1821 代表作「干し草車」を描く。空を油彩スケッチによって系統だって描いた“スカイング(skying)”を始める 1824 「干し草車」「ハムステッド・ヒース」「デダム近郊のスタウア河の眺め」がパリのサロンで展示され、シャルル十世から金賞を授与される。ドラクロワが絶賛する。翌年にも金賞獲得。 1827 以前より、毎年訪れていたハムステッドに転居。 1828 妻マライアが若くして死去。7人目の子供が生まれたばかりであった 1829 ロイヤル・アカデミー正会員への申請を3度拒否されていたが、この年、会員に選出される。 1833 ハムステッドで風景画についての講演を行う 1836 ロイヤル・インスティテューションで風景画の歴史についての講演を行う 1837 死去 ディヴィット・ルーカスが彫版したシリーズの作品は、エングレーヴィングのために制作された原画に基づく
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<国内で見られる主な絵画・所蔵作品>
カンスタブルは、まさに“空景”の画家。画面における空の比率は、17世紀オランダ絵画の方がよほど高いのですが、絵のなかにおける重要度では圧倒的に優っています。 特に雲の表情の多様さは、他に類をみないほど…。流れる雲を見上げることがストレス解消のひとつでもある私にとっては、コンスタブル作品の雲を見ているだけでリラックスできたりします(極めて個人的な話ですが)。 ただし、カンスタブルがその景色を描いたときに、その雲があったかといえば、答えはNo。数多くの雲のスケッチの中から、画面の主題にあわせて雲を選択し、意味をもたせて描きこんでいたのが事実のようです。 歴史的風景画ではなく、理想的風景画でもない、ロマン主義・象徴主義的風景画ということになるのでしょう。
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より理解のための <ジョン・コンスタブル関連の書籍>
参考文献 「イギリスの詩情 ジョン・コンスタブル展」発行:読売新聞 1984
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