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絵画の制作技法・構造と効果 |
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ロスコの作品といえば、いわゆる「深い精神性を持つ」と高く評価される抽象表現主義(あるときはカラー・フィールド・ペインティング)の巨匠。日本でもお馴染みで人気がありますね。 そこで、今回は、何故、ロスコの作品が何故「精神性が高い」といわれるのかに焦点を絞り、いかなる技法によってそれが成し得ているのかを、評論家の方々の解説とともに、私独自の“絵解き”(技法推理かもしれません)をしていきたいと思います(対象は1940年代末に完成したといわれる、ロスコ独特のマルチフォーム(複合形態)以降の作品です) その前に、もう一度だけおさらい。ロスコ作品に対する評論の概要です。以下のようなものが代表的なものでしょう。 「40年代末頃に完成されてから50年代末までの作品の大部分は赤、黄、オレンジといった色彩が多く用いられている。これらの色彩によるおだやかで繊細な色面表現には、作者の神秘的な内的世界が反映されているようである。 60年代末のロスコは心理的な抑圧感からか、抑えられた色調で制作するようになってゆく。晩年の彼は、これまであまり用いられることのなかった黒やグレーやこげ茶色などの色彩を多く用いるようになり、より沈んだ神秘性のただよう作品を展開させていく」 ※以上『バイエラーのまなざし:印象派から現代へ・美の系譜100年』 作品解説:光岡幸治 編集:北海道立近代美術館、ハウステンボス美術館、京都市美術館、日本テレビ放送網 発行:日本テレビ放送網 p148 上記の説明はわかるといえば、わかる。でもそれは“感覚的にはわかる”という範囲で、抽象的な説明ともいえないではないでしょうか。 「内的世界の反映」「神秘性のただよう作品」などなど…。「内的世界」ってなんでしょう? 私たちは、どんなところから、「ただよう神秘性」を感じるのでしょうか。今回の切り口はここです。技法のコーナーなので、大胆に、もっと突っ込んでいきます。
■ロスコの色面の現れ方 本当はフォルムのことから始めたかったのですが、重要度が低いのでやめておきます。さっそく、ロスコの色彩について… ロスコ作品の色面はどのように構成されているのか? これについても幾人かの美術評論家の解説を紹介しておきましょう 「原則として広い領域に塗られた色、色面の大きさ、筆触の微妙なニュアンスによって画面をつくりあげる」 「境界をぼかした色面間の微妙な相互作用によって画面から内面的な光が発しているようなロスコ独自の抽象画の様式を確立していった」 ※『アメリカの遺産――絵画の150年』 20世紀中期――具象絵画の展開と抽象表現主義 ルイス・A・ゾナ(バトラー美術館館長) 編集:朝日新聞社、山口県立美術館、福島県立美術館、高松市美術館、アプトインターナショナル 発行:朝日新聞社 1992 「ロスコの長方形をした色面は明瞭ではあるが、それは色彩の全体的な場の中にあらわれてくる」 ※ 『アメリカの遺産――絵画の150年』 20世紀中期――具象絵画の展開と抽象表現主義 ルイス・A・ゾナ(バトラー美術館館長) 編集:朝日新聞社、山口県立美術館、福島県立美術館、高松市美術館、アプトインターナショナル 発行:朝日新聞社 1992 ここでは「場に現れてくる」「内面的な光が発している」などと評されます。また、さかんに“色面”という言葉が使われます。でも、色面という言葉は、範囲が広いのでどうもわかりにくい。私には、色面だけでは、納得がいきません。 そこで私がとりあげたいのが、ドイツの心理学者のカッツがまとめた、色の現象学的な考察。カッツによれば、色には現れ方があり、大別すると、表面色、面色、空間色に分けられます(さらに詳細にしていけば透明面色、透明表面色、鏡映色などもありますが)。 表面色は、いわゆる物体の表面の色として現れ、対して面色は青空の色とか、プリズムなどを使用した際のスペクトルのように現れる。物体の色という印象や、硬い表面をもっていないように現れる。このどちらがロスコの色面に近いかといえば、だんぜん後者の面色。 では、表面色と面色との差を生み出す決定的な差とは何か? それは「距離感」です。表面色の場合は、その対象との距離が確定している、あるいはほぼわかる(認識できる)のに対して、面色は距離が不確定で曖昧であること。 つまり、距離感を喪失させることができれば、面色として現れる条件のひとつが整う。何故、私が面色という色彩の現象学にこだわるかといえば、ロスコには、そうした効果を取り入れたいという“狙い”があったのではないかと思うからです。 何故なら、カッツの理論は、1911年に心理学専門誌に発表され、1930年に『色の世界の構造』として出版されています。となると、色彩の探究を試みたロスコのこと、こうした色彩の最新理論を見逃すでしょうか? 私はロスコがこの著書を読んだか、またはそうした理論を人伝てに聞いて知っていたと勝手に推測します。ロスコの様式が確立されたのが1940年代末ということを考えれば、ロスコがアメリカに住んでいても最新理論として聞き、それを独自に研究したとしても充分な時間がありますから。
■距離感の二重構造 この距離感については、キャンバスの中に描かれているものに対する距離感のほかに、もうひとつロスコは距離感を曖昧にする技法を使用しています。それは… 「彼のカンヴァスはしばしば巨大であり、観客を揺らめく色彩の帯に包み込んで、ある種の親密感を作り上げるようになっている」 『アメリカの遺産――絵画の150年』 20世紀中期――具象絵画の展開と抽象表現主義 ルイス・A・ゾナ(バトラー美術館館長) 編集:朝日新聞社、山口県立美術館、福島県立美術館、高松市美術館、アプトインターナショナル 発行:朝日新聞社 1992 ロスコ自身もこういっています。「親密な状態を創りだしたいからこそ、私は大画面を描くのです。大きな画面は、すばやく、あなたをその中に連れ込むのです」 『美術手帖 1978年8月号/特集 新しき絵画への胎動 抽象表現主義の形成期』発行:美術出版社 p86 こちらの方は以前より、よく指摘されていることです。ただ、こうした効果を単に大きいサイズで実現したのではなく、前もって作品の中自体の距離感を無くしている、その二重構造によって、より効果をあげているのではないでしょうか。 それは、タッチの側面からも見て取れます。 「40年代末には、カンヴァスに絵具を染み込ませるような薄塗りで、微妙な色合いの矩形の色面によって構成される作品に着手」 『アメリカの遺産――絵画の150年』 20世紀中期――具象絵画の展開と抽象表現主義 ルイス・A・ゾナ(バトラー美術館館長) 編集:朝日新聞社、山口県立美術館、福島県立美術館、高松市美術館、アプトインターナショナル 発行:朝日新聞社 1992 「筆勢を直接見せないが、色面どうしの微妙な重なりを仕組む手跡によって、茫漠とした空間のとらえがたい奥深さを生む」 (『カラー版 20世紀の美術』 監修:末永照和 発行:美術出版社 2000) タッチをみせず、色を均一に塗らない。薄塗りで下地の色がところどころで見える。フォルムはある程度の長方形をとどめながらも不定形である。つまり、これは面色の特徴である、硬質感のなさ、中に突き進んでいけるような現れ方をさせるための技法として用いられているともいえます。 (ここで、一点だけご注意を。面色のことを話てきましたが、カッツの定義による正式な『面色』は、その他にも規則性があります。しかし、ロスコの作品には、その規則性は当てはまりません。ですから、私の勝手な推測も、あくまでもカッツの理論をもとにしてロスコが独自に発展・展開させていったという意味です) ■色の対比効果 しかし、面色を発展させただけの技法で、精神性を獲得できるわけがありません。もうひとつ重要なことがあります。それは、ロスコ自身がこう言っています。 「『色があなたにとって重要なのでしょうね』と聞かれたとき、ロスコはこう答えている。『いいえ、色ではなく、寸法です』。画面を構成する色面の比率にも細心の注意が払われているのだ」 ※『週刊美術館44 ポロック/ロスコ』 執筆:藤崎圭一郎、藤原えりみ 発行:小学館 2000 p19 色が全く重要でない、といっているわけではないでしょう。ロスコといえば、色彩のことばかり注目されるので、寸法もキーポイントなのだよ、とあえて強調したかったのでしょう。 寸法といわれれば、すぐに思いつく技法は「黄金分割」。しかし、ロスコの作品を構図としてとらえるには無理があります。ならば、ロスコの寸法を、その作品から見るとすれば色面の比率しかありません。 そこで浮上するのが、色の対比効果。この対比効果とは、私たちがあるものの一部分を注意して見る(凝視する)ときに、眼の網膜がその色や明るさに対して順応し、その順応の仕方から導きだされたものです。※ここで紹介する色の対比効果については、『色彩の美学』著:塚田敢 発行:紀伊国屋書店 1978 をもとにしています たとえば、私が読んでいた『色彩の美学』(著:塚田敢 発行:紀伊国屋書店 1978)の中には赤色を見つめていると、網膜のその部分に刺激の反作用として、補色の青緑の感覚が生じて、他の白い紙に眼を移すと青緑の図形が見える、という旨のことが書かれています。補色の関係は、美術の基本中の基本ですが、ロスコには《緑とマルーン》という作品があります。そこにあるのは、青緑とオレンジかかった赤の二つの色面のみ。まさに、上記の書籍の中にあった解説をそのまま具現化したような作品です。 こうした知覚の状況、ある色を見たあとで他の色を見ると、その前に見た色に影響を受けて後の色が違ってみえること、を色の対比といい、この時の後の色の見え方は前に見た色の補色を後の色に加えて混ぜた色の見えることが実証されています。 そうした視点でロスコの作品を見ると……。それは皆さんが試みてくださいね。もうひとつ、いっておきたいことがあるのです。それは明度対比。明度の異なった色が配色されると、明るい色はより明るく、暗い色はより暗くなるというものです。 ロスコの場合、一つの全体の色面のうえに、違う複数の色の色面が配されます。そこには、明度でしか成り立たない無彩色もよく使われることもキーポイントではないでしょうか。 つまり、ロスコの作品が「精神性が高い」とか「瞑想を誘う」と評されるのは、あるいはそう知覚されるのは、距離感を二重に無くす面色とサイズの構造、そしてこうした色彩対比のさまざまな技法(ここではとりあげてないものもあります。詳しく知りたい方は専門の色彩の書籍を読んでくださいね)を駆使することにより、単純な構成と配色に見えながらも、実は見え方が幾つにも存在する、どの部分を見るか、どのくらいの時間見ているか、などによって知覚の仕方が揺れて、そのケースケースによって違ったように知覚される(できる)、色彩知覚での循環や歪みが生じるので幻想のようにも感じる、というような仕掛けを内部に持っているからだ、と思うのです。 もちろん、ロスコは、人間の誰しもが持っている感情を絵画として具現化しようという意志と思考をもっていたからこそ、具現化する技法とそれに最適な新しい様式を編み出したわけですが。 (文中の太字は筆者の私、トビー高橋の独自の判断によって行ったものです)
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