絵画の制作技法・構造と効果 red05_next.gif バーン=ジョーンズの効果 イタリア・ルネサンスの復興  その効果の源泉を探る


  

  

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 ラファエル前派第二世代のバーン=ジョーンズ。その優美な人体像と華麗で透明度の高い色彩、装飾的構成は、いわゆる耽美主義的とも象徴主義的ともいわれます。日本国内においても、『海の幸』で著名な青木繁が大きな影響を受け、また文豪の夏目漱石もラファエル前派の作品から、作品に登場する女性像を作り上げたこともあり、古くから親しまれ、根強い人気を維持しています。

 では、具体的にはどの辺のところが、それほどまでに私たちを魅了させるのでしょうか? 今回のテーマはそれ。バーン=ジョーンズ作品の効果を見ながら、そのパンドラの箱?を開けてみましょう。

バーン=ジョーンズ作品の要素、あれこれ 

 まずは例によって最初は、さまざまな美術評論家、美術ライターの方がこれまでに書き記したバーン=ジョーンズ作品に対する評論、要素の紹介から。今回はとりあえず最初に列挙してみます。

 「…彼の作品がひろく民衆の目を惹くようになったのは、1877年におけるグローヴナー・ギャラリーの展示によってであった。出品されたのは7点であったが、諸作品に表された屈曲した肢体と、それをおおう衣服の流れるような襞(ひだ)の線条が見る人の詠嘆を誘った

 「バーン=ジョーンズの曲線はアール・ヌーヴォーの線であるとか、描く女人の顔はロセッティの妹クリスティーナのしゃくれ顔を連想させるとかいう正論を避けて…」 以上、吉田正俊 「物語りと宿命の女たち」 『美術手帖 1987年3月号 特集 世紀末を射る2つのB Burne-Jones』 発行:美術出版社

 「…バーン=ジョーンズの女性からはロセッティの官能性は消え、純化されて、その姿はあたかも霊気と化したかげろうであるかのようである」

 「言いそえれば、彼の宗教的主題を持つ作品は、純潔や至福が静かに讃美されてはいても、深い宗教性を喚起することはない。…(中略)…だが、その主題性、物語り性は、必ずしも観る者に訴えてはこない。主人公の激しいドラマ性は抑制され、その性別さえも曖昧にされて、画面はメランコリックで、幻想的な雰囲気に覆われる。そして、そこには主題性よりも、美的な完成が求められているのである」 以上、湊典子 「霊気化したかげろう」 『美術手帖 1987年3月号 特集 世紀末を射る2つのB Burne-Jones』 発行:美術出版社

 「その結果は、ご存知、ラファエル前派的という形容詞にさえなった細密描写である」

 「ホッケにならっていうなら、『この浮遊はこの時代にとって、もっとも愛好された流行のモチーフとなる』。バーン=ジョーンズのマニエリスムぶりが如実な『黄金の階段』。螺旋階段をあやうげにおりていく少女たちのポーズに、逃げ出していくべき重力の存在を、バーン=ジョーンズは描きこんだ」 以上、高山宏 「死と球体」 『美術手帖 1987年3月号 特集 世紀末を射る2つのB Burne-Jones』 発行:美術出版社

 「礼拝像としてのイコン的な構図の中に物語的な要素を嵌入するバーン=ジョーンズと…(中略)…中世や日本という単一的な空間表現を要求しない造形にヒントを得ながら、単に画面内の人物がヴィジョンを見ているという叙述ではなく、画面内の人物の空間と時間との叙述に、観者に向けられたそれとは異なるレヴェルの空間と時間の叙述を併置し、なおかつ後者を前者に侵出させることで、枠構造を脱構築した」 喜多崎親 「侵出するヴィジョン― バーン=ジョーンズとモローの作品に見るイコンの変成」 『ウィンスロップ・コレクション フォッグ美術館所蔵19世紀イギリス・フランス絵画』展カタログ 編集:喜多崎親、大屋美那 発行:東京新聞 2002 

 いろんなことが語られています。それぞれがバーン=ジョーンズ作品の構成要素のひとつひとつです。しかし、ここにないのは技法的側面からの見解。 

 バーン=ジョーンズの技法の鍵はどこに? 

 「中世崇拝に情熱を傾け、巨匠や友人たちから影響を受けた。たとえばウッチェロ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、マンテーニャ、ボッティチェリあるいはミケランジェロらとともに、文学にも強く魅せられた」 ダニエル・デレイ・カパン 作品解説 『世紀末ヨーロッパ象徴派展』 監修:カトリーヌ・ド・クロエス、フランソワ・ドールト、木島俊介 発行:東京新聞 1996 p78

 「…1862年にはラスキンとともに旅行し、ルネサンスの巨匠の作品に接して、その明確な形態表現、激しい輪郭線、落ち着いた色彩等が、バーン=ジョーンズの描法に大きな影響を与え、人物像の表す複雑な感情の屈曲も自在に描くことができるようになった。ことにボッティチェルリのリズミカルな線と神秘な象徴主義的雰囲気は彼を魅了し、ローマではミケランジェロの裸体が剛直な美の守護者としてバーン=ジョーンズを感動させた…」 吉田正俊 「物語りと宿命の女たち」 『美術手帖 1987年3月号 特集 世紀末を射る2つのB Burne-Jones』 発行:美術出版社 p35

  鍵は確かにそこ=ルネサンスにあると指摘されています。なにしろ、プレ・ラファエロ(ラファエル前派)を継いでいる人ですし……。ならば、そのイタリア・ルネサンスの技法を見に行くしかないでしょう。

 

イタリア・ルネサンスの移し替え

 ルネサンスとはイタリア語の「再生」から派生した言葉。古代ギリシア・ローマ文化の復興運動とでもいうべきもので、人間性の回復の時代であったことは皆さんもご存知のとおり。なんだかんだとアヴァンギャルド側からはいわれても、やはり“美”的感覚における一極の頂点であることは否定できません。

 さて、ここからが本題。ボッティチェルリやミケランジェロ、フラ・アンジェリコなどの巨匠の作品と、バーン=ジョーンズの作品で共通するものは何でしょう? 答えのいくつかは、導入の美術評論家のコメントの中にも記してありますよね。

 私の独断的結論を先にいってしまえば、バーン=ジョーンズはイタリア・ルネサンスを一人で復興しようとした“ネオ・ルネサンス”の画家。短絡的にいってしまえば、ルネサンス作品の効果をそのまま現代(当時)に持ってきた。現代の私たちにとって、幼少の頃から美意識を形成していく上で、その典型としてインプットされるイタリア・ルネサンスの美術。その作品の効果をそのまま持っているんですから、バーン=ジョーンズ作品の美しさに魅了されるのは当然のことです。(バーン=ジョーンズ作品をけなす人だって、「耽美的なだけ」とか「理想的すぎる」「装飾的」「中世趣味」といった側面からしか攻撃できません)

 もちろん私も、バーン=ジョーンがルネサンスを“パクッた”といっているわけではありません。ルネサンスの作品の大半はフレスコ画やテンペラ画で描かれています。バーン=ジョーンズはフレスコ画やテンペラ画など用いていません。そう、ルネサンスの技法と効果を、他の素材で移し変えたのです。では、どのようにして、それらの効果を得たのか? それを知るためには遠回りのようですが、実はとてつもなく近道となるフレスコ画などの制作方法や技法を覗いてみます。

 

フレスコ画などの特徴とバーン=ジョーンズ作品の共通点

 ここでは、フレスコ画を中心にして、その特徴などをバーン=ジョーンズ作品の特徴と比べていきます。フレスコ画の技法については、主に参考にした文献は『名画にみる絵の材料と技法』(著:C・ヘイズ 訳:北村孝一 発行:マール社 1980)です。詳しく知りたい人はこれらの専門書を読んでくださいね。

 <特徴1 下絵の線描>

 フレスコ画の支持体は石灰成分のしっくい。しっくいが生乾き状態の間に顔料で描いていきます。しかし、しっくいは乾きが早い。だから、描き始めたら迷っている暇はないようです。そのために「画家は、実物大の下絵を作り、厳密な色彩計画を立てておかなければならない」(『名画にみる絵の材料と技法』 著:C・ヘイズ 訳:北村孝一 発行:マール社 1980/ p104)。しっくいには、通常、下絵の線をしっくいの上に転写します。そして、薄い透明度の高い顔料を一度塗ってから、線をもう一度描いたそうです。

 さて、ここでバーン=ジョーンズ作品とミケランジェロなどのフレスコ画作品との共通点のひとつがでてきました。それは「人物の輪郭線」「明快な形態」

 <特徴2:色彩>

 顔料によっては石灰と相性が悪く、よく結合しないものもあるため、相性の良いものは限定され、パレットの色数が少ないほど仕上がりがよくなるといわれるそうです。

 さて、ここでもバーン=ジョーンズ作品との共通点がでてきます。それは、「固有色の使用」「限られたパレットの色の数」

 <特徴3:塗り方の手順> 

 上記の書籍(『名画にみる絵の材料と技法』 著:C・ヘイズ 訳:北村孝一 発行:マール社 1980/p105)の中には次のように説明されています。引用しますと、「昔のイタリアの画家たちが、中間より明るいトーンで主要部分を表し、中間のトーンには暗いトーンをつけて立体感を出すことを原則としていた」。そして、中間トーンをまず塗ってから、ハイライトなどの明暗をつけていったそうです。

 ここでの共通点といえば、「落ち着いた色彩=中間トーンでまとめられた統一性」「色彩の明度の高さ」

 フレスコ画の特徴はここまで。どうです、発見はありましたか? ルネサンス期の作品の特徴というものは、こうした支持体や使う顔料、制作法による特徴でもあるわけなんですね。

 ここからは他の要素に移ります

 <特徴4:フォルム> 

 ルネサンス期がそれまでの絵画と異なった特徴としては、次のようなこともあげられます。「14世紀から15世紀にかけて、それまで宗教的教義の絵解きにすぎなかった絵画に、生き生きとしたドラマという新しい要素が加わった。その原動力の一つが、聖史劇と呼ばれる当時の宗教劇である」(諸川春樹 「ルネサンスの幕開け 宗教画のなかのドラマ 『西洋美術館』 発行:小学館 1999 p356)

 「このように14世紀以降の絵画は、舞台を想起させる建築とともに、文字どおり、描かれた聖史劇となっていくのである」 (諸川春樹 「ルネサンスの幕開け 宗教画のなかのドラマ 『西洋美術館』 発行:小学館 1999 p357)

 たしかに…ルネサンス作品の登場人物たちは、現実にはあまり行うことのないポーズしてますよね。ダ・ヴィンチの《受胎告知》の場面だって、“演劇”と考えれば有効な演出。ボディ・ランゲージとして身振りによって意味を伝達しているわけです。当然、衣裳も役作りの一環として重要な意味を付加されて当然といえるでしょう。

 ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天上画のひとつ《アダムの創造》。アダムと神が人さし指同士を合わせようとするポーズ(魂を吹き込む場面です)も、昔、スピルバーグ監督の映画「E.T」で少年とE.Tが接触(挨拶)する場面で流用したのも有名な話。まぁ、ミケランジェロのポーズの場合は、肉体礼讃のためのポーズが中心ですが…。

 ここでの共通点は、「屈曲した人物の体勢(ポーズ)」「衣服類のひだの曲線」

 <その他:深みのある透明感ほか>

 さてさて、ここからは逆転して考えてみましょうか? バーン=ジョーンズの作品で、特徴的なこと、魅力を感じるものとはなんですか?

 私にとっては「色彩の透明感」と「艶やかな輝き」。バーン=ジョーンズ作品を実際に間近にみると、人物の肌は独特のマチエールを持っています。透明感があるのに深みもある、あの肌の色。衣服などにはビロードのような艶がある。けっしてテカっているのではない色気のある?艶。

 さて、この透明感や艶やかさはどこからくるかと探したところ……ありました、15世紀前半の北ヨーロッパ・フランドル地方の画家が生み出したグレースという技法。これは透明絵具を薄く何度も塗り重ねることで発色させていくというもの。

 「フランドル絵画には基本的な発色のさせ方がある。多くの場合、固有色は、その固有色に鉛白を混ぜ合わせた明るめの不透明層をつくり、その上に同系色で濃い色調の透明色を幾重にも塗り重ねて発色させる(グレーズ)」「とくに陰影部は重ねる回数を多くし、透明で深みのある色調にする」  渡辺郁夫 「フランドル技法」『カラー版 絵画表現のしくみ』 監修:森田恒之 発行:美術出版社 2000

 実際に水彩で実験してみると、その効果のほどがわかると思います。ただし、文房具店などでよく売っている水彩絵具は、不透明水彩ですのでご注意を。あくまでも、透明水彩絵具をお試しください。

 まだ、共通項は取り出せますが、もうここいら辺でやめておきます(今度はテンペラ画の話になってしまうので、まだまだ長くなりますから…)

 バーン=ジョーンズの場合、こうした技法は水彩とグワッシュで行っていることが多いのは確かです。でもその理由は、バーン=ジョーンズは小さい頃から体が弱く、油彩などを使用することができず、水彩で絵を書いていたという彼自身の事情もあった訳なのです。だから、バーン=ジョーンズが描いた油彩画の作品にも同等の効果がでています。

 さて…これで、あなたもバーン=ジョーンズを継ぐ者としての、概略的な効果と構成手法の基礎知識はわかりましたよね。別に耽美主義的作品でなくとも、こうした効果を現代の作品に取り入れていくのは面白いと思うのですが…。

 

 

 (文中の太字は筆者の私、トビー高橋の独自の判断によって行ったものです)

 


 

 

 

  

 

 

 

 

 green07_next.gifバーン=ジョーンズの「美術家DATA」

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 図版がないので、あまり関係ないけれどルネサンス作品の写真で…

撮影:トビー高橋

 ▲ジャンボローニャ《サビニの女の略奪》マニエリスム第二世代のジャンボローニャ。螺旋状の構図がいいですよね。これも、「逃げ出していくべき重力」や「浮遊」を感じません?

 ▼ティツィアーノ《聖母被昇天》まさに荘厳さと「浮遊感」を感じさせる作品と場所です。構図も建物と一体となってます

本当は、ミケランジェロやラファエロの作品の写真もあるのですが、撮影した場所が場所だけに(美術館内ではないですよ。バチカン内です。許可をとったものではないので)掲載はできません。ざんねん…

▼ということで、ミケランジェロも見て、その美しさに感嘆したというギベルディの《天国の門》で代用?