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絵画の制作技法・構造と効果 |
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■ボナールの構図 ボナールといって最初に思い出すのは、絢爛たる色彩ではないでしょうか。それもフォルムを侵食、溶解していくような彩色。しかし、ナビ派から出発したボナールは、私たちが思っている以上に構図にこだわりをもっていたのです。 ボナール自身も、こんな風に語っています。 「絵画のあらゆる効果は、デッサンをするのと同じような形態把握の行為によって与えられなければならない。彩色に先立って、事物の全体を今一度あるいは何度も繰り返して見なければならない」(「ボナールのノート」 『ボナール』所収、パリ、1984年、p183) ※「ポンピドー・コレクション展カタログ」 編集:発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 p110 「しっかりした関係がまとまれば真実を形づくる」 『ワシントン・ナショナルギャラリー展』 作品解説:中谷至宏 発行:読売新聞社 1999 p142 そして、ボナールはある小道具を取り入れることによって、独自の構図を確立し、画面に新たな効果を与えることに成功します。そのあるものとは“鏡”。鏡を使って、何をつくりだしたのか、何人かの評論家の解説からみてみましょう。 「彼は一風変わった構図をあえて選び、周りの事物よりも人体を優先するという対象を序列化した伝統的な見方を意図的に混乱させようとしたのである1908年から、彼は画面に鏡を導入し、空間の構成をまたひとつ複雑にした。(中略) 鏡は人物像の背後、つまり画面のこちら側にあたる空間を映していると思われるが、そこにはものが部分的にしか映されておらず、観者はいっそう当惑する 画架は、マチス風に空間を単純化し、平らな四角形をどんどん並べていく。垂直な画面構成は、床や天井のない部屋の抽象性をつよめている 人物もまた膝から下が切り取られていて、中央からずらされ、背後からえがかれていて、顔の一部のみが鏡に映っている。絵の中で唯一完全な姿で描かれているのは、小型の円卓が暖炉の端に置かれている水差しのみである。色と線が絶えずずれて、分裂した対象は、視線の不連続性を生むと同時に、構図の厳格さをもたらしている」 以上、執筆:Isabelle CAHN 翻訳:伊藤香織 「オルセー美術館展1999 19世紀の夢と現実」 編集:高橋明也 発行:日本経済新聞社 1999 P156より抜粋流用 「やがて三次元的イリュージョンを示す絵画画面の中に別の虚構の空間を表すことで、重層的な空間を画面上につくりだすことが鏡の役割となっていった」以上、『モデルニテ−−パリ・近代の誕生 オルセー美術館展』 編集:高橋明也、日本経済新聞社 作品解説:高橋明也 発行:日本経済新聞社 1996 p240より流用 そして、ボナールは、鏡と同様、窓を用いることによって絵画上の室内と屋外の空間をひとつの画面上に取り入れ複雑にするとともに、そこに光(色彩)の違いも持ち込んでいるのです。 「次第に強烈になる色彩を抑制することを目的として、画面に幾何学的形体をとりいれ始めた。開かれた窓をモチーフにすることで枠に囲まれた限定された空間を定義し直し、画面で直交する線と平面に役割を演じさせることが可能になった。 ボナールは窓の構造を利用して絵画を構成している。垂直の線は幅広の色彩の帯を強調し、一方、バルコニーの水平の線は外に向かって奥行きを感じさせる 二つの異質な光を対比させるために、大胆な色調を関わらせている。濃い緑と紫で日の当たった明るさを強調し、室内はより柔らかいピンクとオレンジの調和で輝く真珠のような光沢を生み出している。彼は内と外の二つの世界の違いをはっきりさせようとして、まったく別々の空間を対置している」以上、「ロー・コレクション 西洋絵画500年の巨匠たち展」 監修:マルク・レステリーニ、千足伸行 発行:アート・ライフ 1999 p218 鏡や窓はどこにでも(?)あるものですが、それを別の視点から考えて利用することによって独自の構図、いや世界観を現してしまっているのですから…凄いものです。 今度、ボナールの作品を見る機会があったら、ぜひ構図をじっくりみてください。私たちに新しい視点や思考を与えてくれるものこそ、芸術だと思いませんか? (文中の太字は筆者の私、トビー高橋の独自の判断によって行ったものです)
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<ボナール関連書籍>
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