美術家の言葉 red05_next.gif 抽象表現主義>ウィレム・デ・クーニング


  

  

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デ・クーニングにとっての“芸術”、そして彼自身にとって“絵画”とは何か、を示すもののひとつとして…

  「芸術はわたしを平和にも純粋にもしてくれとは少しも思えない。わたしはいつも、俗悪のメロドラマにつつまれているようだ。わたしは内部とか外部とか、あるいは普遍的な芸術とかを心地良い場とは考えない。そのどこかにすばらしいアイデアがあることは承知しているが、そこに入ろうとすると、感覚がなくなってしまい、ごろりと横になって眠りこけたくなってしまうのだ。

 わたしを含めたある種の画家たちは、どんな椅子に自分が腰掛けているかなんて気にもとめないし、それが安全な椅子であってはいけないとさえいえる。かれらに坐るべき場所を探しまわるにはあまりに神経質なのだ。かれらはスタイルに腰掛けることを欲しない。かれらはむしろ、どんな種類の、どんなスタイルの絵画であれ、いやしくも絵画である以上、それは今日を生きる方法であり、いわば、生きるスタイルだ、ということを発見した…」(東野芳明氏の訳による) ※9

 

デ・クーニング自らによる、“自身”についての見解として…

 「僕は折衷的なアーティストです。私自身そういう人間ですからね。僕にとっては、絵画の中に、時間的(歴史的)要素や時代は存在しない。例えば、去年の夏、僕はイタリアにいて、いろんな所をぶらぶら見て廻ったんですが、初期のローマ時代のキリスト教美術の壁画、これには飛び上がりました。ことに、筆使いの見えるやつは凄いんです。筆で描かれた絵画が好みなんです」 ※8

 

言葉(語ること)と絵画の関係についてのデ・クーニングの見解…

 「誰が最初に話始めたにせよ、彼はそのつもりだったはずだ。語ることが、絵を“芸術”に仕立てるのだ。芸術について唯一はっきりしているのは、それが言葉であるということだ。いたるところで、あらゆる芸術が、文学の問題となった。

 われわれは、言葉がなくても物事がそれ自体で明確であるという世界にはまだ住んでいないのだ。たとえば、非常に面白いことに絵から言葉を取り去ろうとする大勢の人が、絵について語ってやまない。しかし、それは矛盾ではない。絵の中の芸術とは、もともと言葉とは無縁の部分だからこそいつまでも語ることができるのだ」 「ニューヨーク近代美術館館報」P4-5に掲載 1951年、ニューヨーク近代美術館でのシンポジウム「私にとっての抽象芸術の意味」において ※6

 

代表作ともいえる著名な“女シリーズ”を描きながら、デ・クーニングが女性に見ていたもののひとつとして…

「いま眺めると騒々しく凶悪に見えるが、女性像は、偶像や巫女、特にその陽気さと関係していたと思う」 “Content Is a Glimpse” in Hess,dekooning  ※1

 「実体とは、閃光のような一瞬の出会いであり、束の間の光景のようにはかないものである。これらの人物を描いているとき、ガートルード・スタインについて考えていた。まるでガートルード・スタインの世界の女性たち、その中の誰かが『私のこと、いかが』と声でもかけてきそうだった。 この女性像に向き合ったいられたのは、彼女が変幻自在だったからだ。彼女は逆さになったり、姿を消したり、また現れたり、どのような大きさにもなったりと思うがままだった。つまり実体とは、どんなものにもなれるものだった」※3

 

デ・クーニングの“絵画”に対するスタンスの取り方を現すものとして…

「私は、ちょうど花が咲くように一枚の絵が自然にできあがればよいと思っています。作者が絶えず口をはさんで干渉しているように見えるのはいやです」 Quoted ibid.P74 ※7

「小説と絵は違う。自分は絵の詩人というより絵の小説家だと言ったことがあるが、これは漠然としたたとえ話だ。絵には話の筋がない。自分が絵で明らかにするのは出来事であって、メッセージではない」

 

  「彼は、彼が事物をただ主観的にしか測量できないことを当然のことと見なしていた。したがって、最良の方法は内側からであることは理の当然であった。それは彼があらゆる出来事を、ついにはもっとも表面の面に投影できた唯一のやり方だった……当時にあっては、あなたはだれか他人にではなく、あなた自身に忠実であった。もし芸術家が聖セバスチャンを描けば、彼は自分が聖セバスチャンでもなく、また拷問者のひとりでもないことをよく知っていた。彼は自分自身の顔を描いたから他人の顔を理解したのではない。彼は自分自身顔をもっていたからこそ、他人の顔をよりよく理解していたのだ」 ※10

 

 


 

 

  

 

 

 

 

green07_next.gif デ・クーニングの「美術家DATA」

 

 

 

美術家の言葉の引用先、流用先文献

※1,3,5〜7「モダン・マスターズ・シリーズ ウィレム・デ・クーニング」 ハリー・F・ゴーグ著 桑原住雄・斉藤泰嘉 訳 美術出版/アベヴィル・プレス共同出版 発行:美術出版社 1989

※8 『現代美術は語る ニューヨーク 1940−1970 』 著:エミール・ディ・アントニオ、ミッチ・タックマン 訳:林道郎 発行:青土社 1997 p96

※9 宮川 淳 「デ・クーニング その言葉 はじめに《肉》ありき」 『美術手帖1968年8月号』 発行:美術出版社 p64

※10 同上p66