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美術家の言葉 |
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■フォーヴィズムの創始者ともいえるヴラマンクの色彩の選択の仕方を示すものとして… 「静物を描く場合、卓上の籠の中には栗が入っていても、背景の白い壁との調和によって、青い林檎にでも、赤い林檎にでも私は描くだろう。そうすれば、もっとよい効果が得られるのだ」 ※3 「君が描く朱い屋根は、皆同一だ。これらの白い壁の色も等しすぎる。それに変化を与えなければならない。何故なら…世の中には同一のものは一つもない筈だから」 ※7
■独自の画業に辿り付いたヴラマンクが心掛けていたこととして… 「絵は本能に従って感動を描くのだ。絵は科学をもって立証する必要は無い。“構図”? それにこだわる必要は無い。その絵のために必要なものを、その在るべき位置に置き、不必要なものは全部省略するだけだ」 (里見勝蔵が構図について質問したときの答え) ※4
「新の芸術は素材の選び方にある。素材の選び方は、その人の人間性のいかんにある」 ※6
■ヴラマンクをとらえていたフォーヴとは、どのようなものであったのかを示すものとして… 「私の熱情は大胆になり、絵画の技術的な習慣を否定して、古い理論から自然を解放しよう。クラシズムから自然を解放しよう。自由に自然を表現しようとする欲望しか持っていなかった」 「私はすべての調子を高めて行った。そして知覚するだけの感情を純粋な色彩の交差によって変えていった。私は感じやすい野人であり、強烈な感動家であった。理論からではなく、感覚によって描写し、美術的ではないが、人間の心理を描いた」 ※5
■絵画理論に対するヴラマンクの態度を示すものとして… 「芸術における理論というものは、医学における処方箋と同じ効能を持っている。これを信じるためには、まず病気にならなければならない。知性は本能を殺すのである」 ※9
■当時の日本人画家の作品に対するヴラマンクの一般的な見方… 「君はパリにいる日本人画家に共通する悪い性質を持っている。それは取り去らねばならない。アカデミック、不健康、センチメンタル、部分的で、全部平面。物質感を全然持たない」 ※2
■ヴラマンクにとっての写実とは何かを示すものとして…(自分の作品の写実性に絶対的な自信をもっていた 「花瓶と白布とは同じ物質か? 地上に落ちた花瓶は、音を立てて割れなければならない。白布の落ちる音は軽い。机を打てば木の音がしなければならない。それを描いてこそ絵なのだ! 私の《静物》をご覧! この白い皿は真実に陶器である。水を入れる事ができるし、また、金槌をもって破壊する事ができる。この梨は小刀で切る心地良さと、食って少し酸味のある果肉を味わう事が出きる。白布と紙の区別がある。これでこそ顔料ではない。写実だ。真実の絵だ!」 ※8
■ヴラマンクにとっての“芸術”とは…… 「芸術のすべての原点は本能である(……)私は心やさしい野蛮人であり、しかも激情家だった。私は本能的に、一定のやり方によらず、芸術的というより人間的な真実を表現した」 ※10
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美術家の言葉の流用・引用先文献 里見勝蔵著 『ブラマンク』 発行:株式会社日動 出版部 昭和60年 ※2〜3 同上 p51/※4 同上 p74 ※5 同上 p158/同上※6 p194 ※7 同上 p49 ※8 同上 p76 ※9 千足伸行 「近代絵画の色彩:ドラクロワからフォーヴィスム、表現主義へ」 『メルツバッハー・コレクション展』 監修:千足伸行 発行:東京新聞 2001 p28 ※10 「パリ近代美術館展」 千足伸行 「現代美術の青春:フォーヴィスムからキュービスムへ」 発行:アート・ライフ 1999 p22 |
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