美術家の言葉 red05_next.gif アンフォルメル>アントニ・タピエス


  

  

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タピエスにとっての“抽象と具象”絵画の差異?について…

 「アルタミラの洞窟からベラスケスを経てピカソに至るまで、絵画は常に抽象化作業であった。熱狂的なリアリズム信奉者に、私は、何度も繰り返して言ったものだ。現実というものは絵画のなかにはなく、鑑賞者の頭のなかにのみあるのだ、と。

 芸術は記号である…ものである。我々の精神のなかに現実を呼び起こす何かである。この、現実という概念を呼び起こすという点では、私は抽象と具象の間になんの違いも見出さない。目が映し出す現実とは、現実の貧弱な影にすぎない(1955年)」 「宣言集」より ※2

 

タピエスが期待した“鑑賞者の役割”ともいうべきものについて…

 「ある作品の意味は、鑑賞者の協力の可能性の上に成り立っている。常に、それを鑑賞する人の精神がどれほど発達しているかに依存しているのである。イメージを持たない人、つまり、心の内部で思考と感情が結びつくために必要な想像力や感受性が欠如している人は、何も見ることができないのである(1960年)」 「宣言集」の中より ※3

 

タピエスが芸術作品としての絵画において目指したもの、また自作の概要的解説ともなるものとして…

 「私の絵画を決定づけているのは、まず第一に、私がカタルーニャ人だという事実である。しかく、他の多くの人同様に、私もスペインの政治的ドラマを肌で感じている。たとえ意図しなくとも、それは私の作品に現れるだろう。

 必ずしも十分な用語ではないが、私は自分を物質主義者(マテリアリスト)と定義することができる。私は物質の構造を理解したいと思っている。私は現代の知によって物質のイメージを描いたいと思っている。つまり、個々の物質から普遍的な物質へと進んでいきたいと思う。そのことによって、人々の世界観を変えたいと願っている。なぜならば、物質を知ることを通して、社会や政治や道徳といった他の分野にも到達できるからだ。絵を描くということは、人生について反省する方法のひとつだ。それは現実を見据え、掘り下げる意志だ。現実を発見し、理解するように働きかけることだ。そして絵を描くことは、現実を創造することでもある」 「宣言集」の中から ※4

 「写真的なものは全て私には興味がないのです。私は、間接的に人間を想起させたいのです。身体の痕跡とか部分によって。私の絵の多くには、一本の腕や手、脇の下しか描かれていません。あらゆるものが似ているのだということを示すために、上品とは思えない身体の部分を探しさえしたんです」 (バーバラ・カトワール 『アントニ・タピエスとの対話』 ミュンヘン、プレステル、1957年/パリ、セルクル・ダール 1988年) ※10

 

 「私は、芸術そのものに内在的な価値があるとは思わない。それ自体は無に等しい。重要なのは、その、知を得るためのバネ、トランポリンとしての役割である。色、構成、作業…こういうことを積み重ねて「芸術を豊かにしよう」とする試みを私がばかげていると思うのは、そのためである。作品とは、瞑想の支えにすぎない。注意を喚起し、思考を安定させたり刺激したりするための装置にすぎない。芸術作品の価値は、その効果によってのみ計られるべきである」 ※5 p67−68

 

タピエスが“芸術家としてある自身の意義”として考えていたことのひとつとして…

 「芸術家は常に活発で変わり続けるものである。それは、彼が表現しているいわゆる現実自体が、固定的なものではなく、我々自身が勝手に思い描いている変わりやすい概念にすぎない、ということと同じである。

 したがって、私は、芸術家の仕事は純粋に受容的なものというわけではない、と思っている。つまり、時にいわれるような、時代を反映するものではない、ということである。むしろ、彼は、時代に対して能動的な役割を持ち、他の多くの芸術家たちとともに、現実という概念を変える力を持っているのだと思う」 ※1

 

タピエスの“壁”を主題とした作品群が制作するひとつの動機として……

 「どのようにして、この壁をイメージする力が私の意識のなかで具体化していったかということを考えるには、私の人生をかなり遡らなければならない。それは、私の幼少期および思春期を囲っていた、戦争という壁に由来するのである。

 大人たちのすべての苦しみ、そして巨大な悲劇のなかで好き放題に動き回っていたある年齢特有の残酷なファンタジーが、私の周囲に書きつけられ、刻まれたのである。何世代にもわたって私の家族が見慣れてきたある都市の壁が、多くの殉教や、貧しい人々に対する非人間的な仕打ちの証人となったのである。

 しかし、文化的な経験がそこにアクセントを加えた、ということはもちろん疑う余地がない。私がむさぼり読んだ考古学の本、ダ・ヴィンチから受けた示唆、ダダによるたくさんの破壊行為、ブラッサイの写真――こうした経験の影響が1945年に描いた最初の作品群に現れ、その作品が、通りの落書きや、我が国の壁に書きなぐられた、禁じられてはいるが生命力に溢れた文字とすでに似たものであったとしても、なんら不思議はない」 「壁の上のメッセージ」の中から ※6 

 


 

 

 

  

 

 

green07_next.gif タピエスの「美術家DATA」

<おススメの1冊>

『実践としての芸術 』 著:アントニ・タピエス 訳:田澤耕  発行:水声社 1996

タピエスの芸術理解だけでなく、現代美術を理解するための発想のもとのひとつともなる書籍です

 アントニ・タピエス関連の書籍

 

※1『実践としての芸術』 著:アントニ・タピエス 訳:田澤耕  発行:水声社 1996 p29-30

※2,3 同上 p45

※4 同上p61 ※5 同上p67―68  ※6 同上p190

※10  「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 p226