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美術家の言葉>ミニマリスム>フランク・ステラ |
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■平面性を追求していくことによる効果、ステラが目指した考えを表すものとして… 「平面性(フラットネス)に関する問題の全体において、規則化されたパターンを使用することは、微妙な問題を孕んでいます。というより、それは相対的な問題なんです。<中略> …特にヘレン・フランケンサーラーが、滲み込ませ(ステイニング)のテクニックを使ったことで、仕上がった絵画とキャンバスを一致させたということがあったけれども、それでも、基本的には、彼らの滲みは依然としてかなりイリュージョニスティックに見えたということです。僕は、ある種の規則化されたパターンを使うことによって、自分の作品をフラットに−−そうしたかったからですが−−できると感じたんです。<中略> …それは(パターンとアルミニウム塗料の感じ)かなり嫌悪感をもよおす感じのものになるんじゃないかとも感じていました。いずれにしても平面性と奥行きという問題を考えた時、この作品群が、視線の侵入を困難にするだろうというアイディアは、好ましいものでした。すべてのアクションは表面上のものであって、そのメタリックな表面は、実際、ある種の抵抗となり、それを突き破って侵入することは、文字通りにも視覚的にもできないというわけです。<中略> …そのコッパー・ペインティングの連作では、長方形からスペースが切り出されています。僕には、それらが多くのとても難しい問題を提起しているように見えはじめました。一つは、それらが単なる絵画を越えてオブジェクトになるということについての問題。そして二つ目は、それらが壁の掛け物か彫刻にもなるという問題です。僕には、それらがある種の境界を提示したように見えました。少なくとも、キャンバスの形を使って何が出来るのか、その限界を僕に意識させてくれたんです。その結果僕は、自分の作品が、浮き彫りや彫刻あるいは文字通り特殊な物体となるよりは、絵画であり続けるようにしたいという決定をしました。<中略> パターン、つまり規則化されたパターンの全ては、結局、見る人が絵画を読むことを妨げるためなんです。<中略> つまり、誘いかけというよりは、単なる提示であるような仕方で見る人に訴える方法をなんとかものにしないといけないということです。<中略> もし、それが、真に説得力のある視覚的経験を提示することができるなら、同時に感動的な経験にもなり得るんじゃないでしょうか。別の言い方をするならば、その作品と直面することから生じる感知による理解、その視覚的なインパクト、イメージの浮き出し、そして塗られた表面がまさにそれ自身の表面であるという感覚、それは、思うに、見る人との関係において絵画それ自身の生命を与える試みだったんです」 ※8
■自作の意義、解説ともなるものとして… 「ぼくは、絵画はひとつのオブジェにすぎない、とは言ったが、それは、何でもいいオブジェという意味ではなかった。それは特別なオブジェ、つまり絵画として意図されたオブジェという意味だった。ぼくは五十年代の夢想的なレトリックに反抗してこう言ったのだが、ぼくの論法は短絡されて受け取られたのだ」 Ibid,p15 ※4 「(金属塗料の)微光をはなつ表面は、表面自体の特殊な種類のイリュージョニズムを、それ自身で自己充足した空間をもっている。絵画の問題に関する限り、それは表面上の上でみごとに自立している」 William Rubin,"Frank Stella",Museum of Modern Art, New York,1970,P60 ※5
「ぼくはいつも絵画に古い価値を守り抜こうとする連中と議論になる。みんなカンヴァスにヒュー間にスティックな価値を見つけようとする。やつらをやりこめても、最後には、カンヴァスには絵具以外のものがあると言い張ってやまない。ぼくの絵は、見えるものだけがそこにあるという事実にもとづいているんだ。…見えるものだけが見えるものなのだ」 ”Questions to Stella and Judd - interview by Bruce Glaser", in Minimal Art-A Critical Anthology, edited by Gregory Battcock ,Dutton Press ,New York, 1968 pp157-158 ※6
■シェイプド・キャンバスの発想の源となったステラの問題意識を表すものとして… 「僕にとってもう一つ大きな問題だったのは、彼らはみな、コーナーの処理に苦労していたように見えたことです。彼らは、大きな拡がりを持つ動きをもって描き始めるけですが、最後にはその周りの部分の辻褄合わせをしたり、真ん中にあるその激しい動きがキャンバスの上でよく見えるように何らかの操作をすることになるんです。だから、最終的には、そのなにものにも囚われなく自由で爆発的であるはずのイメージが、その周りに施された修正によって、弱められてしまうわけです。 もし僕が、抽象表現主義のそういう点、つまりその根本のところにある夢物語を批判するならば、オール・オーヴァーというアイデアとか、爆発的なエネルギーとか、そこに含まれてあるはずのすべてのものが、必ずしもそこにあるとは限らないということですね。いささか約束とは違うところに連れていかれるというか。僕は、抽象表現主義の長所と思える点の幾つかを保つことができたらと思ったんです。しかも、コントロールされたかたちで。ある部分では、それは画家として絵画的な力強さと統御されたアイデンティティを持つこととも関わっていました。と同時に絵画の中のエネルギーを保持したいとも思ったんですが」 ※7
■美術の伝統の中における自身の創作活動について… 「私の仕事は私が1936年に生まれたという事実によって運命づけられたものである」 峯村敏明氏の「ステラの聡明な言葉」から ※2
■ステラが衝撃を受けたものとは… 「もっとも衝撃だったのは、(ジャスパー)ジョーンズがモチーフに固執する様だった。縞というアイデア、リズムと間隔−繰り返しという考え。ぼくは繰り返しについて考えつめはじめた」 William Rubin,"Frank Stella",Museum of Modern Art, New York,1970,P12 ※3
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<ステラ関連の書籍>
美術家の言葉の流用・引用先文献 ※2〜6 東野芳明 「フランク・ステラ ロビンソンの鳥は死んだよ」の中から 「美術手帖 特集 ステラ+ニュー・ペインティング」 1983年1月号 発行:美術出版社 ※7 『現代美術は語る ニューヨーク 1940−1970 』 著:エミール・ディ・アントニオ、ミッチ・タックマン 訳:林道郎 発行:青土社 1997 p240-241 ※8 同上 p243-248
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