美術家の言葉 red05_next.gif シュミレーショニスム/ファイン・フォトグラフ >シンディ・シャーマン


  

  

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 シャーマンが独自のスタイルを見出す動機となったもののひとつとして…

 「私は、本の1冊でも読んでおかなければ作品が理解できないというものではなく、もっと簡単に自分と関連づけられるものを作りたいと思ってきた。何か誰にでもアピールするもの。たとえ、完全に理解できなくても、そこから何かを得られるもの。だから文化を思いついたのだ」 ※7

 

 シャーマンが自作に込めている意義の解釈として…

  「それぞれの人物を設定する場合に私は、私が何と戦っているかを考えねばならない。それというのも、人々は彼等に理解できる共通分母を捜すために、メークアップや鬘(かつら)の下の顔を見ようとしているからだ。私は、人々に彼ら自身の何かを理解させようとしているのであって、私を理解させようとしているのではないのだ」 ※4

 

 「アコンチは限界を押しひろげて、見る者になぜだかわからないけれども、嫌な作品だと思わせる。アコンチがしていたパフォーマンスとコンセプチュアル・アートは、わたしにとっては一番重要なものになった。作品を見るひとに問題をぶつけるところ、それがわたし好きなのよね。それから、見ているひとが自分の見ているのが何なのかよくわからなくなってしまうところがあって、それもわたしには大きな意味があった」 ※2

 

 作風を変化させていく理由ともなるもの…

 「裸は人目をひく手口としてはじつに見え透いたものだから、わたしが贋の乳房やお尻を写真に使い出したのも、冗談のつもりだった。遠くから作品を見たひとは、『お、シャーマンは裸をやりだしたぞ』と思うんでしょうけど、そうではないことに気づく。そのゆさぶりが目的だったの。どうして自分でヌードにならないのかと訊かれたこともあるけど、そんなの馬鹿げてる。そういうひとたちは、わたしの写真のテーマは私だと思っている、作品の中でわたしが本性をさらしていると思うから、ぜんぶ見せちゃえばいいじゃないかということになるんでしょうね」 ※3

 

 シャーマンにとっての“写真”とは、どのようなものか? また、どうあるべきかを表すものとして…

 「写真はそれ自体を超越すべきであり、イメージもまたそれ自身の存在を示すために表現媒体を超越しなければならない。これらの感情を凝結させたような写真は、彼ら自身の存在を示すことで自らのすべてを個性化している…」 ※5

 「これはいつも認識させられることの一つだが、カメラは嘘をつくのだ」 Quoted in Gerald Marzorati,“Imitation of Life ,” ART News 82 (Sep 1883) ,81 ※6

 

 


 

 

 

  

 

 

 

 green07_next.gif シンディ・シャーマンの

 「美術家DATA」

 

 

美術家の言葉の流用、引用先

※2 『語る芸術家たち―美術館の名画を見つめて』  著:マイケル・キメルマン 訳:木下哲夫 発行:淡交社 2002  p189

※3 同上 p192

※4,5 『ニューヨーク・アーティスト50人』 著:リチャード・マーシャル 翻訳:木島俊介 発行:同朋舎出版 1992 p109

※6 『拡張する美術』 編集:ディオドラ・サマーベル 翻訳:木下哲夫、富井玲子 発行:世田谷美術館、国立国際美術館、福岡市美術館 1991 p142

 ※7 『THE NOW ART BOOK』 監修:ヴァルデマー・ヤヌシャック テキスト:セリア・リッテルトン企画編集:資生堂企業文化部ザ・ギンザアートスペース『ル・ミレニュム』編集部 平山景子、豊田佳子、深井さえ子 発行:光琳社出版 1996 p131