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美術家の言葉 |
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■写真を使用して制作する理由として… 「それはまず方法でした。そしておもにアカデミーに対抗していました。私に課せられていた抑圧的なお手本に対抗していたのです。そこから自分を解放したかった。写真は美術史よりも私を震撼させずにはおきませんでした。それは私の現実、我々の現実をうつしだしていたのです。写真とは、私にとって現実のかわりになるものではなく、現実へいたるために必要な杖でした」 1972年 ペーター・ザーガによるインタビューから ※1 「芸術作品とはまずそれ自体、オブジェつまり客体です。作品をつくるというとき、操作しないわけにはいきません。それは前提条件です。けれども、自分の見方を訂正するためには、より客観的な写真が必要だったわけです」 1972年 ペーター・ザーガによるインタビューから ※1 「我々が見ている現実をあてにはできません。人がみるのは、目というレンズ装置が偶然伝え、そして日常の経験によって訂正された映像だけなのですから。それでは不充分であり、みるものすべてのほんとうの姿はべつなのではないか、と好奇心をもつからこそ、描くのです」 1972年 ペーター・ザーガによるインタビューから ※2
■ゲルハルト・リヒター自身が考える“絵画”と“写真”との相違… 「絵画は映像の形式だ、とまあいえるでしょう。映像とは、うつされたイメージであり、絵画とは、それをバラバラに分割するための技法なのです。さて、一方に絵画があり、他方に写真があります。写真とは映像そのもの、映像自体です。写真には、なんの現実性もありません。それはたんに映像なのです。それにたいして絵画には、つねに現実性があります。絵の具に触れることができますし、それは現前しています。でも写真はつねに一つの映像をあたえるだけです…善しあしに関係なくね。理論はなにももたらしません。私は小さな写真を撮って、その上に絵の具を擦りつけました。写真についての問題はそこに集中的に現れています」 1991年 ヨナス・シュトルスフェによるインタビュー ※8
■絶えず変化する作風についてのリヒター自身の見解として… 「むしろ無意識の欲求であり、それが私には適しているのです。つねに同じことをしなければならないというのは耐えがたいことでしょうから。そんなことをするためには、私はあまりにも不安定で不確かです。静かに、迷いなく生きるなんて、いまだに考えられません。他方、つねに同じままの問題意識が根本にみえていて、それが一種のスタイルのように私の作品を貫いています。だからたとえ外見が異なっていても、人々は私の作品をそれと認知してくれます。作品が『リヒター』よりも他の画家の作品として認めやすく、特定しやすくてもそうなのです。だから、頻繁にスタイルを変える、というのは、本来あやまっています。異なる機会に異なる上着をつける、それはスタイルとはなんの関係もありません」 1991年 ヨナス・シュトルスフェによるインタビュー ※9
■リヒター自身が取り上げるイメージについて、そして絵画の可能性について… 「我々は抽象絵画によって、決して見られないもの、理解されないものに近づく最良の方法を創りだした。それは絵画がもっとも直接に感覚的なものをもたらすからだ。つまりそれは、芸術が行使するすべての方法によってもたらされる『無』である。(……)これは芸術的な遊びではない。必要性に基づくものなのだ。なぜなら、知らないことというものは、我々を不安にさせるが、同時に希望も抱かせる。我々は、説明できないものを、ほんの少し説明できるようにする、ともかく近づきやすいようにする可能性として、そういったイメージを取り上げるのだ」 ※11
■創作においての力点、魅了されることについて… 「問題なのはただ対象であって、そうでなければ主題の選択にこんなに苦労はしないだろうし、そもそもそれを描いたりしないであろう。あるできごとが、非論理的で、非現実的で、無時間的で、無意味に出現するとき、それに私はひきつけられるのだが、同時にそのできごとは、論理的で、現実的で、時間の流れのなかにあり、人間的なできごとなのである。そして、その同時性を保ったまま、そのできごとを描出したい。そうしたできごとの単純さと素朴さを失わないために、あらゆる人為的介入、変更を放棄しなければならない。そうすれば、手を加えるよりもずっと普遍的で、幅広い魅力をもつつづけるだろう」 ノート 1964〜65年 ※10
■リヒターが芸術の“機能”として考えているものについて… 「なぜなら、芸術にも道徳的機能がありますから。それは一種、代理の宗教であって、変革し、教育し、探究し、幸運にし、表示し、挑発し、あなたが望むことをなんでもします。しかし、だからといって、芸術から一種の社会救助を期待できるわけではない。芸術が社会状況を弾劾するとか、汚職を暴くとか」 1972年 ペーター・ザーガによるインタビューから ※3 「…でも快楽のほかなにもないのでは、それはみる人にとって退屈で、腹だたしいものです。客観的な側面がつけ加わらねばならない。その側面によって、絵画は普遍的な関心をよぶなにかを提起します。メッセージ、新しい性質、進歩。つまり、人がなにかを始められるようなものを提起するのです」 1977年 アミーネ・ハーゼによるインタビュー ※5
■懐疑主義的であり、またパラドクスを抱えるもののひとつとして… 「『いかに』から始めるというのは軽薄だが、正当である。『いかに』を応用すること、つまり技術と、素材の条件を、自然の条件のように応用すること、つまり創作意図にあわせて利用すること。意図−−なにもつくらない、アイディアなし、コンポジションなし、対象なし、形式なし、…それでいて、すべてを維持する−−コンポジションも、対象も、形式も、アイディアも、映像も」 ノート 1986年10月12日 ※11
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<リヒター関連の書籍>
美術家の言葉の引用先・流用先文献 ※1 『ゲルハルト・リヒター写真論/絵画論.. 企画:ワコウ・ワークス・オブ・アート 翻訳:清水穣 発行:淡交社 1996 p11 ※2 同上 p13 ※3 同上 p14 ※5 同上 p19 ※8 同上 p82 ※9 同上 p83-84※10 p96 ※11 p113 ※11 ※「ポンピドー・コレクション展カタログ」 編集:発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 p156
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