|
|||||||
美術家の言葉 |
|
|
|||||
|
■ルノワールが印象派の一人だったといえる色彩の扱い方のひとつとして… 「白ってものは自然には存在してませんよ。雪の上には空があるでしょう。空は青い。その青は雪に必ず映ってみえる。朝の空なら緑と黄だ。これも同じく雪に映えてこなければね、もしあなたが朝に描いたなら。夕方に描いたなら赤と黄を置いてやらなればならないでしょう」 ※1
■ルノワールが、絵画の中に追い求めたものとして… 「わたしの絵の好みは、それが永久不変の光景に見える時だ……。ただしそうとは明示せずにだが。つまり次の通りの角度でとらえられるような、毎日の生活にひそむ永遠性だ」 ※3 「絵画とは熟練である」 ※2 「私はひたすら心地よさを求める。だから、私がつくるものは白木の家具であり、装飾のない家…つまりは必要最低限のもの…である。そういうものをつくりあげることができたら、私は趣味のいい男になれるだろう。だがこうしたシンプルさへの憧れは、ほとんど実現不可能なのである」 (息子ジャン・ルノワールによるルノワール自身のメモをもとにした回想録から) ※5
■ルノワールが到達した、ひとつの描き方として… 「私が大要を追い求めるのは、光にあふれた肖像画を描くためではなく、自分の中に熱気をかきたて、ものをよく見ることで、古代の画家の偉大さとシンプルさに近づくことができると思うからです。屋外で絵を描かなかったラファエロも、陽光を勉強しています。彼のフレスコ画には、陽光が溢れているからです。 こうして屋外の風景を観察しているうちに、陽光を燃え上がらせず、逆に褪せたものにしてしまうディテールへのこだわりがなくなり、全体の調和だけが見えてきました」 (ミシェル・フロリソーヌの評論 『ラムール・ド・ラール』誌 1938年2月号所収 「ルノワールとシャルパンティエ一家」より) ※4
■ルノワールにとっての、画題・主題はどのようなものであったかを現わすものとして… 「裸婦が波の中か、ベットの中から出てくる。名前はヴィーナスか、ニニだ。それ以上ましな作り話はないだろう。何人かの人物をひとつにまとめられる口実がありさえすれば、それで充分だ。あまり文学的にならないこと、あまり考える人物がありすぎないことだ」 ※6
|
|
<ポール・デルヴォー関連の書籍>
美術家の言葉の引用先、流用先原典 ※1 ※『パリ・オランジュリー美術館展 ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョームコレクション』 監修:木島俊介 作品解説:周々木朝香 発行:NTV 1998 p201 ※2 『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』 テキスト:ワシントン・ナショナル・ギャラリー、島田紀夫、太田治子 発行:読売新聞社 1999 p171 ※3 『ルノワール 生命の讃歌』 著:アンヌ・ディステル 監修:高階秀爾 訳:柴田都志子、田辺希久子 発行:創元社 1996 p84 ※4 同上 p145 ※5 同上 p150 ※6 同上 p131
|
|||||