美術家の言葉 red05_next.gif ネオ・ダダ>ロバート・ラウシェンバーグ


  

  

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絵画の制作技法・構造と効果 目次

 

自作と抽象絵画の共通点についてのラウシェンバーク自身の考えとして…

「抽象表現主義と僕自身が、共通に持っていたのは、筆触(タッチ)です。僕は、彼らのペシミズムとか、御高説には全く興味を持ったことがない。 <中略> 彼らがやったのは−−同時に僕のやったことで抽象表現主義ふうに見えるのは−−、悲しみや情熱、アクション・ペインティングなどを通して、筆の跡を露にしたことです。だから、彼らのやったことには、物質的な感覚があるんだ」 ※1 

 

自身が考える“ラウシェンバークが制作する意義”として…

「ぼくはそこで、正気と狂気の間には殆ど違いがないことを学んだ。−−そして、両者の結合こそすべての人が必要としていることなのだということを了解した」 (合衆国海軍に入隊し、精神病院看護兵としてカリフォルニアの各地を転々とした2年半の間に) ※5

 

自作の解説のひとつとして…

「僕の作品は、どこか他の所に目を向けるための招待状なんであって、ずっと今でもそうあり続けてきました。新しい作品というのは、いかにして新聞を捨てないかというようなもので、なぜそうかというと、実はそこにこそ作品があるからなんです。もしあなたがすこしでも良心を持っているなら、新聞の中にある情報というのは、どの部分を読んでも、あなたの頭を吹き飛ばすです」 ※2

「ぼくの作品にコンポジションがあるとすれば、それは、関係性を利用するのではなくて、事物が無関係に存在していることを強調するためにある。すると、その作品を見て、たとえば君は、心の中にある関係性を作り出すだろう。それは、ほかの人が心の中に作り出す関係性とはまったくちがうものであるはずで、この多様な異なった反応が作品の生命を長びかせる。新聞の場合は、一度読んだらおしまいだ。

 しかし、ぼくの作品を読むときは、情報が抽象化され、不調和なものだから、前の日には思いもつかなかったことが見えてくることもある。そしていつかは、曖昧な画面のすべてが分かってしまうときがくるかもしれない。そうなったら芸術作品は象徴となってしまう。ぼくは、その時を出きる限り先に延ばすために、画面を複雑に、あるいは同じことだが、単純にしておきたい」※9

 

いまでは最も著名な代表作のひとつでもある『ベット』の誕生の秘密…

「キャンヴァスがないんで、枕やシーツやベットカヴァーを使って描いたものなんだ。手当たり次第拾えるものの上に描いたわけで、初期のぼくは自分の表面を、支持体を、発明したことになる。たぶん、ぼくのそれ以後の方向はこのことに関係がある」 ※7

 

制作過程においてラウシェンバーグが重要視する、あるひとつのことについて…

「何かを表現するための素材を作るという行為の中に、内容が見えてくる。つまり、主題というものは、じっさいに、物理的なプロセスから生まれるものであって、素材を選んで、それにアイデアをただ加えてゆくのではない」 ※8

 

“芸術”についてのラウシェンバーグのひとつの見解として…

「芸術も生活も作ることはできない。われわれは、その間の、定義しようのない空隙で仕事をしなければならないんだと。それが、絵画の冒険を生み出すんです。芸術は芸術から生まれません。しかし、世の中には、数えきれないほどの教育施設があって、芸術は芸術から生まれるということを証明しようとしている。でも、それは違うんです」 ※4 

 

 


 

 

  

 

 

 

 

 

 green07_next.gif ラウシェンバーグの「美術家DATA」

 

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美術家の言葉・テキストの流用・引用先文献

※1 『現代美術は語る ニューヨーク・1940-1970』 著:エミール・ディ・アントニオ、ミッチ・タックマン 訳:林道郎 発行:青土社 1997 p151 

※2 同上 p277  

※4 同上 p161

※5 ロバート・ヒューズ 「ロバート・ラウシェンバーグ−−ザ・モスト・リヴィング・アーティスト」 『ラウシェンバーグ −ROCI日本展図録』 編集:世田谷美術館,ROCI 翻訳:宝木範義、塩田純一 発行:世田谷美術館 1986 p17

※7,8 東野芳明、ラウシェンバーグ 「対談:象に作品をくくりつけたり… −−ロッキー・プロジェクトを巡って」  『ラウシェンバーグ −ROCI日本展図録』 編集:世田谷美術館,ROCI 翻訳:宝木範義、塩田純一 発行:世田谷美術館 1986 p8

※9 同上 p11