美術家の言葉 red05_next.gifバルビゾン派>ジャン=フランソワ・ミレー


  

  

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ミレーが考えていた“美しさ”のいったんを示すものとして…

「どんなものでも時と場所を得さえすれば、美しくなるものだし、反対に時宜を得なければ、何ものも美たりえないといえる」 批評家ぺロケに宛てた手紙の中で(1863年6月2日付) ※2

(上記の言葉を実践していたものとして)

「すばらしい霧、うっとりさせるような霧氷、私どもはこれらの諸相をほんとうに楽しみました。森は美しく飾られているわけですが、しかし茨の茂みや草むら、或は芝の草原など、普通は地味なものとされているものだって、順番が来て、最高の美となるかもしれないのです。神はこれら軽蔑されたものたちが復讐し、何物にも劣っていないことを示すチャンスを与えたがっているようです。とにかくも彼等は、3日間の輝ける日々を楽しんだばかりです」 (自作『たんぽぽ』を渡したガヴェ(不動産で財をなした建築家でコレクター)への手紙に 1865年12月28日) ※6

「しかし、美は顔にあるのではない。姿態の全貌、主題の動作に適しいものの中で輝くのだ。…美は表現(エクスプレッション)である」  ミレーの初期伝記作家A.サンシエの『美に対するミレーの考え方』より ※1)

 

バルビゾン定住後、自身の絵画表現の目的としたものを示すものとして…

「野蛮なものを至上のものに役立たせ、人生の平凡な一日から高貴で偉大なスペクタルを現出させ得る」 ※6

(上記を実践したときの言葉として…)

「…この女が水運びの女でも女中でもなく、家事に使うための水、夫と子供たちにスープを作るための水を、汲んでくる女である。そして手桶一杯の水の重さを、そしてそれを運んでいる様子を表現したかった。また、彼女の両腕を引っ張る重さと日光による瞬きが作る一種のしかめっ面から、いかにも田舎の人らしい善良さを推し量れるようにした。

…彼女が、それを苦役と見なさず、家の他の雑用と同じく、毎日の仕事であり、生活の習慣でもあるひとつの行為として、素朴さと善良さを持って成し遂げるところを描きたかった」 (『井戸から戻る女』についてサンスィエの伝記による) ※8

「私のねらいはグリュシーの日常的な平和を表現することであった。グリュシーではほかではとるに足らないことでも、一つの出来事となる。女が糸を紡ぎながら、横の小さな椅子に子供を座らせておいた。すると子供はあきてきたので、まざらわそうと抱き上げて小さな壁の上に座らせた。すると子供は大きなにれの木に生えている小さな葉をむしったり、海のあちこちを眺めたりしながら遊ぶ…」 (自作『グリュシーの村はずれ、U』(1866)について、評論家のシルヴェストに打ち明けたこととして) ※5

「光輪のようなタンポポがよく見えるし、太陽が国々のはるか向うの彼方でその栄光を雲のなかに示しているのも見える。また平原で汗を湯気立てながら耕作している馬たち、そして岩だらけの場所で、朝から何度もえいっ! とかけ声をかけていた一人の男がくたびれ果てて、一息つくために一時身を起こすのも私には見える。

ドラマは輝きに包まれている。これは私が作り出したものではない。『大地の叫び』という表現はずっと昔からあるのだ」 (1863年サンシエ宛の書簡のなかで) ※9

 

自身の絵画に対する絶対的な執念を表すものとして…

「私は屈服を強いられ、サロン風の美術に修整させられると思われているが、とんでもない! …木靴一足分たりとも後ずさりすることなく、大地にとどまるつもりだ。名誉にかけて」 (1859年のサロンで自作のひとつが落選したことに対して) ※7

 

幾人かの批評家からのテーマが下品だとの批難に対して…

「馬鈴薯や豆を植えるという仕事がなぜ他のものより面白くなく、また貴いものでないと言えるのだろうか。このような画題も表現する手法にのみ貴賎があるのであって、画題自体にはない」 (1862年に『馬鈴薯植え』を出品して批判されたときのもの) ※3

 

 


 

  

 

 

 

 

 

 

 green07_next.gif ミレーの「美術家DATA」

green07_next.gif ミレーの「絵画の制作技法・構造と効果」

ミレー関連書籍

 

 

言葉の流用・引用先文献

 

※1、2 原田平作 「ミレーの作風、外観」 『ボストン美術館蔵 ミレー展図録』 監修・翻訳・執筆:原田平作  協力・執筆:小野迪孝、井出洋一郎 編集・発行:日本テレビ放送網株式会社 1984年

※3、5、6 原田平作 「作品解説」 『ボストン美術館蔵 ミレー展図録』 監修・翻訳・執筆:原田平作  協力・執筆:小野迪孝、井出洋一郎 編集・発行:日本テレビ放送網株式会社 1984年

※6 井出洋一郎 「フランス19世紀自然主義の成り立ち−−バルビゾン派、コロー、ミレーを中心として」  『中村コレクション秘蔵の名品 コロー、ミレー、バルビゾンの巨匠たち展』 発行:読売新聞社 2002 p10

※7 同上 p17

※8 『中村コレクション秘蔵の名品 コロー、ミレー、バルビゾンの巨匠たち展』 発行:読売新聞社 2002 作品解説 後藤トキ子/井出洋一郎 p132

※9 マリー=テレーズ・カイユ、ヴァンサン・ポマレード、ベルナール・マルボ 序論  『ミレーとバルビゾンの画家たち展』 編集:岡部幹彦、鈴木幹、石田泰弘、三谷理華、平野重光、喜多村明里、金原宏行、舟木力英、福島稔、高市純行 発行:毎日新聞社 1996