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美術家の言葉 |
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■マリオ・メルツの代表的なシリーズ《イグルー・シリーズ》(半球体を原型としたオブジェ・エスキモーの住居の名称でもある)をどのように発想したか、そしてそれはどのような意味を内包させているのかについて…… 「私は三つの互いに関連する理由でイグルーを作った。一つは突出する面、あるいは壁面を捨て去ることであり、そこから、家の壁に掛けるのでもなく、壁から外してテーブルの上におくのでもない、ひとつの独立した空間を創るという発想が生まれた。さらにそこから、それ自身が絶対的な空間であるイグルーの発想が生まれた」 ※5 「エスキモーはイグルーを通して移動するのではありません。そうではなくて、ここで問題となるのは自己自身への回帰を通して、孔子的な思想の、そしてもちろん一般的な東洋思想の、円い状態を獲得できるような仕方で、彫刻を円くするという考え方です。すなわち、永劫回帰、自己自身への回帰という観念です」 ※1
■メルツ作品にしばしば登場する“フィボナッチ級数”。それは、どのような点を有効と考え使用しているかについて… 「数の法則においては、ある数から別の数へと展開していくプロセスがあり、ある数が自身のうえに留まってはいられず、他の数へと移行していかねばならないという膨張的な特質をつねにもっています。数の知的な性格は自己自身に留まっていられず次に連続する数、あるいはより劣った数、より複雑な数へと移行しなければならないということです。これが、数が留まりえない法則なのです。 フィボナッチ級数の公式には、純粋に級数的、あるいは数学的な要素と、有機物の複雑さに関わる象徴学の両方を認めることができます。私は確信しているのですが、数はユーグリット幾何学におけるのと同じように象徴的に角を描写するといった性質だけでなく、物質の有機的展開といった特質をも続けます。このために象徴的な意味で、私はフィボナッチ級数を好むのです。この級数は基本的なものであり、1から出発して莫大な数を招くにいたるまで、極度に速いという膨張的な性格ゆえに用いるのです。これはひじょうに抽象的なものですが、この抽象的な点に有機的な価値を導入するのが私は好きなのです」 ※2
■作品に、ワニなどの動物をしばしば登場させる理由のひとつとして… 「原始の動物は原始の人間自体も含んだ状態を想起させます。だから私はそれらを描くのです。驚くべきことにはこれらの原始の動物が、私たちのテクノロジーにとてもよく似た形態的特質をもっているのが認められます。飛行機も自動車も動く甲羅をもっていますしね。ですから、私はこれらのワニなどの古代の動物が大好きです」 (マリオ・メルツ 「所信」 ジェルマーノ・チェラント編集 「マリオ・メルツ」 『ドームス』 499号 1971年から )※3
■メルツが制作に際して、その底流で一環して維持していたと思われるある考え方を示すもののひとつとして… 「私は自然の中ではさまざまな要素が互いに交感していると考えている。これは自然科学の考え方から、ある一定の距離があると同時に、近いものがあるのだ。自然科学が説明するところによれば、自然の中にはさまざまな要素が互いに行き来しており、変化するから自然なのだ。この考え方から私が思いついたのは、固定されてもいないし、幾何学的でもない彫刻を作るということだ。それは実際にはネオンというものとして機能するとしても、もはやネオンではない仕掛けであり、エネルギーのエレメントが移り変わる変化の動きの中で変化するものである」 ※4
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<マリオ・メルツ関連の書籍>
美術家の言葉の引用先、流用先 ※1 「マリオ・メルツ 羽衣の国で 来日制作を語る」 インタビュー:篠原資明 (名古屋ICAの個展) 『美術手帖1988年6月号』 発行:美術出版社 p123 ※2 同上 p124 ※3 同上 p128 ※4 『イタリア美術 1945―1995 見えるものと見えないもの』 編集:拝戸雅彦、牧野研一郎、平野千枝子、藤井亜紀、小田るな、児島やよい、小沢有子 発行:愛知県美術館、東京都現代美術館、米子市美術館、広島市現代美術館、ナンジョウアンドアソシエイツ 1997 p175 訳:拝戸雅彦 ※5 同上 p175
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