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美術家の言葉 |
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■マティスにとっての“表現”とは何かを示すものとして… 「私にとって表現とは、人間の表情のなかに浮かび上がったり、激しい動きによって生み出されるような情熱のなかにあるのではありません。表現は、私の作品のあらゆる位置関係のなかにあるのです。たとえば人体が占める位置とか、そのまわりにある空間とか、プロポーション、そういったすべてがそれぞれの役割をもっています。 構成とは、画家が自分の感情を表現するために配置したさまざまな要素を、装飾的なやり方で並べる技術なのです」 (アンリ・マティス 『画家のノート』、「ラ・グランド・ルヴュ」 1908年12月25日号所収) ※9 「才能があるだけではだめだ。それを押し出すだけの別の才能がなくていけない」 ※6
■マティスにとっての“色彩”の意味を現わすものとして… (自身の最も創造的な功績は何かと尋ねられて)「色彩によって、空間に対する感情を実現したことです」(1953年8月25日付『ルック誌』掲載) ※7 「色を変えたとき、新たなつりあいをとるために形も変えざるをえなかったんだ。時には、私の絵はまったく変わってしまうことがある。感情はそのままなのにね」 ※4
■マティスが制作において重要視していたもの、その源泉ともなるもののひとつとして… 「いつも自然をよりどころとするように習慣づけているんだ。重要なのは注意を集中することだ。葉っぱがどのようにできているか、小葉が葉柄にどういうふうにつながっているか、どんなリズムで葉が分布しているか、といったことを、きちんと見きわめることだ。東洋では、葉の間の空間も葉自体と同じように重要視されている。それぞれの植物はひとつの宇宙であり、その組織の秘密を保持している。 その秘密は研究を通してしか明かされない。自然はひじょうに多くの美を私たちに与えてくれるが、私たちはもうそれに驚かなくなっている。もう見ようとしないんだ、無感動になってしまって」※5
■マティスが考える“様式”とは何か、を示すものとして… 「最も偉大な様式はどれだろう。ゴーギャンか、それともコローか? 様式は秩序から来るのだと思う。秩序に獲得されたものもあれば、開発されたものもある。また、コローの場合のようにまったく本能的なものもある。ドラクロワの言う様相とは、秩序の産物なのだろう。しかし気取っていうものではないが、それが既成概念の産物であるならハーフトーンにしかならないのだ」 (カモワン宛の手紙、1918年5月2日) ※8
■マティスが最晩年にたどり着いた(付いた)“切り絵”は、どんな意味を内在しているかを現わすものとして… 「切り絵は、自己を表現するために、今日私が見つけた最も単純で、最も直接的な方法です。長い間、事物を研究して、その記号がどんなものかを知らなければなりません。また、構図においては、事物はその力を保ちながら全体の一部を作るような新しい記号にならなければなりません。一言でいえば、各々の作品は、制作過程において、画面の要求によって創案された記号の総体なのです。 (中略) 私の古いタブローと切り絵との間に断絶はないのですが、ただいっそうの絶対化、いっそうの抽象化によって、私は本質的なものにまで浄化されたフォルムに到達し、そしてかつては複雑な空間のなかに私が提示していた事物から記号を残しました。記号というのは、事物をその固有のフォルムにおいて存在せしめ、またそれが含まれていた全体のために存在せしめるのに必要かつ充分な記号なのです」 ※10
■マティスが目指した“絵画”とは… 「私が夢見るのは人の心を乱し、気を滅入らせるような主題のない、調和のとれた、純粋で静謐な芸術である」 ※1
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<アンリ・マティス関連の書籍>
美術家の言葉の流用先、引用先原典 ※1 「パリ近代美術館展」 千足伸行 「現代美術の青春:フォーヴィスムからキュービスムへ」 発行:アート・ライフ 1999 p22 ※4 『わが生涯の芸術家たち』 「アンリ・マティス」 著:ブラッサイ 訳:岩佐鉄男 発行:リブロポート 1987 p140〜141 ※5 同上 p141 ※6 同上 「ジャック・ヴィヨン」 p219 ※7 『マティス 色彩の交響楽』 著:グザヴィエ・ジラール 監修:高階秀爾 訳:田辺希久子 発行:創元社 1995 p136 ※8 同上 p142 ※9 同上 p165 ※10 『バイエラーのまなざし:印象派から現代へ・美の系譜100年』 編集:北海道立近代美術館、ハウステンボス美術館、京都市美術館、日本テレビ放送網 発行:日本テレビ放送網 1996 p66
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