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美術家の言葉 |
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■マイク・ケリーにとって代名詞ともなった“ぬいぐるみ”を使用した作品を制作した意図について、また、そうした作品の制作を中断した理由について… 「当時の美術界には、作品が商品のフェティシズムを喚起させるという議論があって、さらに作品そのものがフェティッシュに近づくことで、ますます作家が店にあるぴかぴかの商品っぽいものを使うようになった。クーンズとかスタインバックがそうだよね。だから僕はそれに対するもっとリベラルな返答として、商品じゃなくて「贈答品/GIFT」を見せることで、商品のフェティシズム、つまり資本主義が美術作品に対して働かせている影響から逃れることができるんじゃないかと考えたんだ。もちろんそんな考えはすごくナイーヴで単純だとは思ったよ。すべてのオブジェは贈り物であろうとてづくりであろうと商品なんだし、フェティッシュになるんだからね。 (中略)僕はそうしたアイデアで遊んで、ぬいぐるみ以外にもいろいろな贈り物を使ってみた。ところが、みんなにはフェティッシュ化したぬいぐるみしか見えなかったんだ。最初それが信じられなかったから……(中略)……それでなんでこんなに反応があるのか考えてみたら、ぬいぐるみというのはじつに多くの意味が込められた重い存在なんだね。じゃあ、ぬいぐるみを……(中略)……へんな意味をつけてしまって、もうバカみたいとしか思えないんだ。作品を見て涙を流す人まで出てきて、いいかげんうんざりしてしまった。ぬいぐるみはあまりにも意味をもってしまっているから、分析を超越している。そんな意味深長なものでこれ以上やっていけないと思ったね」 ※2
■マイク・ケリーが一時期までテーマの源泉のひとつとしていたものとして… 「たしかに僕はずっと、フロイトの過去の記憶を抑圧する『抑圧症候群』をテーマにいろいろ制作してきた。その間、地文の回顧展もして、自分史を書いたりしたことがじつはいい気分転換になったんだ。というのは、だんだん自分が有名になってくると、人は作品を見るのではなく、作品にもとづいて僕がどんな人間なのかを分析したがるんだね。あるいはこういう作品をつくっているから、こういう人に違いないという風にイメージがつくられてしまう。おかしなことにこれまで僕は自分をみせないようにやってきたのに、有名になればなるほど自分をさらけ出さなくてはならない。じゃあもう自分を顕在化させて、対象となって現われようと思ったのさ」 ※3
■マイク・ケリーにとって、切り離せない意識のひとつとして… 「僕はじつは階級意識がとても強いんだ。たしかにアートは一般の世俗的文化のなかでは儀式化された位置にあるから、無階級で特殊な存在かもしれない。でも、本来アーティストは自分の階級をいろいろなかたちで表現するものだと思う。 僕の知る多くのアーティストたちは、その人の家庭や階級といった背景が制作に影響しているし、僕自身もあきらかに作品が階級によって決定づけられている。そもそも作家という考え方自体が、階級に由来するものだろうね」 ※1
■マイク・ケリーにとってアートとはどのようなものであるか、という考えを示すひとつのものとして… 「アートはそれ自体で存在し、それ以外のものにはなり得ない。…(中略)…アートはもっとオープンであり、自分が何か問題をかかえているとすればそれすらもアートとして実現すればよいのである」 ※4
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<マイク・ケリー関連の書籍>
美術家の言葉の引用先、流用先 ※1 special interview 1 マイク・ケリー インタビュアー:市原研太郎、通訳:村田恵子 『美術手帖1997年2月号 特集:マイク・ケリーとLAアートシーン』 発行:美術出版社 ※2 同上 p36―37 ※3 同上 p38―39 ※4 『THE NOW ART BOOK』 監修:ヴァルデマー・ヤヌシャック テキスト:セリア・リッテルトン企画編集:資生堂企業文化部ザ・ギンザアートスペース『ル・ミレニュム』編集部 平山景子、豊田佳子、深井さえ子 発行:光琳社出版 1996 p84 |
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