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リチャード・ロングの制作の仕方が他のアースワークの美術家よりも自然に対して“小さな”介入であることの理由、そしてその行為の意義として……

「ただ歩くだけ、公有の荒野にかすかな跡をつけるだけで作品にするということは、私にとって、自然のなかで、わずらわしい仲立ち抜きに、アーティストとして自由に振舞えることを意味します。私のようなやり方なら、何マイルにもおよぶ広々とした空間の規模をもつ作品もつくれるし、この地上の大半をいまでも覆っている美しい風景の多くにも触れることができます。

 どこかに場所を定めて石を並べ、円を描くという『介入』によるものから、何マイルもの風景をあちこちに何日もかけてわずかの石を並べかえたもの、そしてただ歩くことが作品となり、したがって介入のまったくないものまで作品にはいろいろあって、私はそれがいいとおもっています。身体の大きさからすれば、私は自然のなかではまったくとるにたらない存在にすぎませんが、作品はそれまでにない歩行のしかた、彫刻のつくり方を示しているのですから、それなりに評価してほしいものです」 ※4

 

 リチャード・ロングの“歩行する(した跡)”の作品が示唆することのひとつとして…

 「ひとつの歩行は、ちょうどもう一つ層を重ねることだ。それは、地球の表面上の人間の歴史や地理学的な歴史の多数の層の上に置かれた、一つの痕跡なのだ」 ※1

 

 「私にとって歩くことは作品をつくる方法そのものでもあるし、また彫刻をつくる場所をもとめて荒野を移動したり、そこで時を過すための手段でもあります。……それぞれの作品には、歩きながらその時その場にいたことを、ちょうど詩や歌のように、ささやかによろこぶ気持ちがあふれています」※2

 

ロングの作品と日本庭園とが共通する(と思われる)要素として…

 「石を用いた京都の庭園の数々には昔からとても深い感銘を受けてきました。瞑想にふけるにはこれ以上の場所は望めません。深い思索、単純な素材、空間、穏やかな心によって調和のとれた世界が表現されています。それから、『間』も私は気に入っています。日本美術と私の作品はどちらも自然という条件から出発していますから、似ているところもあるでしょう。簡潔さと秩序を求める気持ちは人間誰しもがもっているのではないかと思います」 ※5

 

ロングにとっての“よい作品”の条件のひとつを表すものとして…

 「すぐれた作品とはよい時によい所によい物があってはじめて成り立つ。つまり、いくつもの要素が交わる場なのだ」 ※3

 

 


 

 

 

 

  

 

 

 

green07_next.gif チャード・ロングの「美術家DATA」

リチャード・ロング関連の書籍

 

美術家の言葉の引用先、流用先(リンクはamazonの該当ページ)

※1 『現代美術の歴史 絵画 彫刻.』.. 著:H.H.アーナスン 発行:美術出版社 1995 p579

※2 『リチャード・ロング 山行水行』 著:リチャード・ロングほか 翻訳監修:木下哲夫、長谷川祐子、河本信治 発行:淡交社 1996 p4

※3 ショーン・レインバード 「場から場へ リチャード・ロングの作品について」 『リチャード・ロング 山行水行』 著:リチャード・ロングほか 翻訳監修:木下哲夫、長谷川祐子、河本信治 発行:淡交社 1996 p15

※4 長谷川祐子 「ロングへの問い」『リチャード・ロング 山行水行』 著:リチャード・ロングほか 翻訳監修:木下哲夫、長谷川祐子、河本信治 発行:淡交社 1996 p99

※5 同上 p102―103