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美術家の言葉 |
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■レジェの特異な人物像を読み解くキーワードとなるものとして… 「印象主義の画家たちが、大いなる主題の束縛を拒んだ最初の者たちだった。そして、ゆっくりと『オブジェ』への関心を現れさせたのだ。 今日の絵画において、オブジェは、主役となり、主題の座を奪わねばならなかった。そこで、もし人物や肖像、人間の身体がオブジェとなるなら、現代の芸術家に大きな自由が与えられるだろう。その時には、創造する力そのものの法則であるコントラストの法則を用いることが可能なのだ」 (フェルナン・レジェ 「オブジェのように考察される人間の身体について」、『空間のなかの人間の形態』 モントリオール、ラルシュ、1945年)※13 「私は、人間像を単に物体を感じていたわけではない」「だが、わたしには機械が非常に造形性の高いものに思われたので、人間像にも同じような造形性を賦与したかったのだ」 ※6
■レジェにとっての“色彩とフォルム”の関係を表すものとして…… 「私は誰かと話をしていた。彼の顔は青色だったが、20秒もすると、それは黄色に変わった。その色が消えると次の色がやって来て、それは赤に変わり、それから緑色になった。私は目をあげて建物を見た。それらは細長い色彩の帯で切れ切れになっていた。私は大いに感銘した。あの色彩はきらめく光の色彩は自由だった−−空間の中で自由だった。同じことを私は私の絵画の中で試みた」 ※10 「私はいかなる妥協もせず、純粋で個別的な色彩と、大きなヴォリュームによって構成することを決心した。洗練された配置や、微妙な陰影や、生気のない背景は、もう私には必要ないのだ。(……)戦争が私を成熟させた」 ※12
■レジェが制作において求めたもの、また注意していたことのひとつとして… 「決して主題に支配されてはならない。私は機械を模写することに喜びを覚えたことは決してない。私は、他のひとたちが想像の中に風景を描きだすように、機械の絵を作り出すのだ。私にとって、機械的要素は、既定の方針や態ではなく、力とエネルギーの感覚を与えるひとつの手段なのである。…主題の利用できる部分を保持して、それを活用しなければならない。私は機械的な要素から見事な物体を作り出そうとするのである」 ※7 「私は、一生涯<感傷的な>観点を無視したいと思っている。それは、造形芸術に関わっている者たちにとっては耐え難い重荷である。それは、詩におけるリズムのように麻酔的で否定的な価値である」 ※4 「私たちのそばを回転し、動き、氾濫する今日現在の生活を、目を見開いて見つめよう。それを塞ぎ閉め、運河と化し、造形的に編成しようではないか。遠大な仕事ではあるが実行可能なものである…。街の強度の緊張は人間の神経を破壊し、人間を狂気に駆り立てる…。私たちの領土に、形態と色彩と光から成る外的生活を編成しようではないか」 ※8
■レジェが作風を変化させた(後期)動機となるものとして…… 「機械の時代のあとには、モニュメンタルな時代が来た。堂々とした様相、大きな人物のいるコンポジション、細部の拡大。私は形態の処理の仕方は機械の時代と同じままで、ただしそこから躍動性をとり除いて人物や物体を配しながら、平面性の印象を強調した。私は人物を解体してしまったのだったが、それからもう一度それをまとめあげて人間の顔を再発見し始めた。私は休息が、呼吸できる空間がほしかったのだ。機械の時代の躍動性のあとで、私は大きな人物たちのもつ静的状態の必要性を感じたのである」 ※9
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<フェルナン・レジェ関連の書籍>
美術家の言葉の引用先、流用先文献 ※4,6〜10 「LEGER」 解説:Werner Schmalenbach 訳:八重樫春樹 発行:美術出版社 1978 ※12 『メルツバッハー・コレクション展』 作品解説 村上博哉 監修:千足伸行 発行:東京新聞 2001 p194 ※13 「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996
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