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美術家の言葉 |
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■クプカが具象表現から、その当時未踏の抽象表現へと転換していった契機ともなった、ある出来事(見出したこと)として… 「ある日、雪の積もった森の中を散歩し、突然雪の白さに圧倒されてしまった。雪は私の目に白い空虚のように映り、私はその空虚に対応する必要を感じた」(『ヴィートワルネー・ウミェニー』誌の対談、1948年、プラハ) ※6 「瞑想は真理を確認するとき有徳だが、他者に伝達しないときには悪徳となる」(1894年友人に宛てた手紙の中で) ※2
■クプカの抽象造形形態やその思考背景を知るためのひとつのてがかりとして… 「以前私は、観念に一つのフォルムを与えようと努めた。今はフォルムに適応する観念を探し求めている…」 ※5 「直線は、抽象的な世界を映しだす。それは絶対である。(略)視覚は直線をそのままとらえ、空間におけるその広がりをただちにイメージする。線が一点からスタートするとき、目は容易に方向としてそれを記録する」 「核として機能するひとつの点。光輝の集中。逆に点は、線と面の遠心的な方向によって決定される。まず光輝と線を集中させること、その後で、光輝と線は無限の彼方へと到達する」 ※3 「…垂直線は、その上端と下端がともに中空にあるとき、立っている人のようになる。それらは互いに緊張関係にあるため、総合され、同一化し、一つになる……。奥行きのあるひっそりとした垂直の面は、空間の概念を生成する」 ※7
■抽象的表現にたどり着いたクプカにとって、絵画芸術とはどのようなものであるかを示すひとつのものとして… 「私の姿勢の本質は何か。それは、自然形態の使用を基本とする伝統的な絵画を捨ててより私が定めたみちに、いつまでも固執するところにある。むろん、真実を語ることが<芸術>でなくて、芸術は必然的に虚構でなければならないとするものではない。 芸術作品を定義づけるとき、芸術を造形的なフォルムを読むための提示としてとらえなければならない。芸術はそのフォルムが、充分に有機的で十分に論理的な性格を明らかにしたとき、その目的が達成される。したがって、できるだけ正しく自然を把握しようとする努力は是認される。 <美は真実のなかにある>。また一方、絵画はそれ自体で有機的なフォルムから成立すべきである」※4
「芸術は何かではなく如何にという問いの中に存在する」 (クプカ 『造形美術における創造』カール・フリンカー資料、1923) ※1
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<フランティシェク・クプカ関連の書籍>
美術家の言葉の引用・流用先
※1 『パリ近代美術館展』 シュザンヌ・パジェ、グラブィス・ファブル 「両大戦間の非具象美術」 訳:小林晶子 発行:アート・ライフ 1999 p78 ※2 「フランチシェク・クプカ 宇宙的秩序に向けて」 著:高見堅志郎 「美術手帖1978年8月号」 発行:美術出版社 p227 ※3 同上p234 ※4 同上235 ※5 「一人で奏でる二重奏」 著:ヴラスタ・チハーコヴァー 美術手帖1978年8月号」 発行:美術出版社 p237 ※6 同上 p240 ※7 「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 p58
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