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美術家の言葉 |
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■イヴ・クラインが青一色(俗に言われるクライン・ブルー)の絵画やスポンジの作品を制作することの意図を現わすものとして、また鑑賞者に対する波及効果の意図について… 「当時、私が望んだことは、たぶん少々手管を使ったやり方で、色彩の世界への入り口を見せることだった。測りえないほど広大な色彩態というべき世界に終わりも限界もなく身を浸す自由への、開かれた窓を与えることだった。 ……私の色彩表現を前にした理想的な解読者は、いうまでもなく感性だけを頼りに<超次元的>になったのであり、彼は、宇宙全体の感性に身を浸すことによって、<全一的>な域にまで達したのである」 (『パスポート No.328309』 著:東野芳明 発行:三彩社 1962 p176 ※3
「私を魅了したのは、液体ならなんでも吸収してしまう海綿の特異な能力である。…(中略)… 彼らは私のたくさんのタブローの間を旅してまわり、それを見た後で、海綿のようにすっかりそれに感性を浸されて戻ってくるのである」 (1958年) ※4
■著名なパフォーマンス(ハプニングともいえる)の《非物質的絵画的感性領域の譲渡》(イブ・クラインの感性の領域を金との交換で売買する。金を持参したものはその領収書をもらい、そしてその後に火をつけて燃やす。そのことにより、その後の領域の譲渡が不能になる。クラインは譲渡された金を川に撒くというもの)がどのような意図を持っていたのかを現わすものとして… 「P.S 上記の譲渡のための祭儀を超えたところに、あらゆる規則や約束事から解放されて、もっとも絶対的な無名性における空虚と非物質なものの譲渡――転移が存在することを銘記しておかねばならない」 ※5
■クラインの作品の中で最も著名な《人体測定プリント》(時にはハプニングのように一般に制作現場を公開した)の制作の意図といえるもの…… 「からだの形、その曲線、生と死の間にあるその色彩といったものには、私は興味を持たない。私が重んじるのは、肉体そのものの感情的な雰囲気だ。 ……(中略)…… 当時、長い期間にわたって、アトリエの中にこうした肉体が存在していることが、モノクロームの制作によってもたらされる教化のあいだ中、私を落ち着かせてくれた。それは私のうちに健康の精神を保持してくれたのである。健康はわれわれが注意深く、責任をもって宇宙の秩序に参入するようにしむける。強く、強靭で、力にみち、それでもこわれやすい。ちょうど知覚世界を覚醒させる夢見る動物のように。また、このはかない知覚の世界に入り込んだ植物や鉱物のように……。……この健康こそ、われわれを存在させているもの。生命の本性そのもの。われわれのすべて。 そこに現われたものは、明らかに形とは絶縁していた。それは直接的な経験となった。直接的なもの、それこそ私が必要としたものだ」 (Yves Klein , Institute for the Arts, Rice University, 1982) ※6
■そうしたクラインにとって、“絵画”をどうとらえていたかを示すものとして… 「私にとっては、絵画は今日もはや眼に応じたものではない。それはわれわれのうちにあってわれわれに属さない唯一のもの、われわれの生に応じるものである」 (「コロッキオ=アルテス」 第53号 1982年6月 リスボン)※7
■クラインが最終的に到達しようとしたことのひとつとして… 「私は、自分のなかの、自分のものではない全てのもの、つまり私の生というものが好きなのだ。そして私が嫌いなのは、自分に属する全てのものである。自分のうけた教育や、遺伝による性格、このしつけられた伝統的な物の見方というものだ」 ※1 「本当のことを言えば、私が到達しようとしているもの、私の未来の発展、私の問題の解決への出口、それは、もはやまったく何も作らないことである。それも可能な限り迅速に、だが十分意識し用意周到にそうするのだ。私は、『ただそれだけ』であろうとする。私はひとりの『画家』になるだろう。私は『画家』だと言われるだろう。そして、私は、自分を『画家』だと、まさしく本物の画家だと感じるだろう。何故なら、私は描かないからであり、少なくとも外見上はそうだからだ。 画家として『私が存在する』ことは、この時代における最も「素晴らしい」絵画作品であろう。それは、詩を書かない詩人が、白い地の上に黒い「卵」を産み付ける詩人以上に詩のなかに存在することと同様である」 (イヴ・クライン 「真実が現実となる」、『ゼロ』誌所収、デュッセルドルフ、1961年7月) ※2
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<イヴ・クライン関連書籍>
美術家の言葉の流用先、引用先 ※1,2 「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 p200 ※3 東野芳明 「イブ・クライン――聖なる道化芸術家」 『イブ・クライン展図録』 発行:財団法人高輪美術館、滋賀県立近代美術館、いわき市立美術館、西武美術館、朝日新聞社 1985 p7に所収 ※4 作品解説 『イブ・クライン展図録』 発行:財団法人高輪美術館、滋賀県立近代美術館、いわき市立美術館、西武美術館、朝日新聞社 1985 p32 ※5 同上 p83 ※6 同上 p120に所収 ※7 ジョルジュ・ポンピドゥーセンターで1982年に開催されたカタログ/同上p97に所収
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