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美術家の言葉 |
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■カーロにとっての絵画とは、またその態度をゆるやかに表すものとして… (教え子のモンロイの回想による)「僕らは皆、市場や工場や農村に行き、民衆と混ざり合った。…フリーダは僕らにこう教えた。単なる観客としてではなく、社会的に活動する市民として、人生に直接触れ合い、参加することが、新たなる芸術的水平線を開き、僕らの美的かつ人間的な感受性を大いに豊かにしてくれるのだ、と」 ※1 (1950年の日記の中で/死の数年前)「痛みはない。ただ疲労感があるだけ[……]。当然のことながら、しばしば絶望感にみまわれる。どんな言葉を使っても言い表し難い絶望感。[……] 絵に対しては格別の意味を持っている。何よりもそれを変貌させなければならない。それが何かの役に立つために。今まで私は絵の中で、党に有益であり得るすべてのものとはまったく無縁な、誇り高い自分の表現を描くことだけしかなかったからだ。健康状態が許すかぎり、残った積極的なものを革命に役立たせるため、全力を奮って戦わなければならない。それだけが、私の生き続ける理由なのだ」(『フリーダ、開かれた世界』 著:ラケール・ティポル)※2
■自画像ばかりを描いたその理由になるもの、そして作品の解釈にもなるものとして… 「私が非常に明確に、また強く表現したかったのは、人々が英雄や神々を作り出したり創造したりしなければならなかった理由は、純粋な恐怖だということ。人生への恐れ、死への恐れだということです」 ※3 「私は夢を描いたことは一度もない。私は私自身の現実を描いたの」 ※4
■カーロにとって最も意義があり、また追い求めたもの… (友人のジャーナリストのバンビに語ったこと)「片足を切断されたわ。こんなに苦しかったことは初めて。何もかも血液の流れまで狂うほどの神経的なショック、精神的不安定が残ったの。手術を受けてから7ヶ月たったけれど、私の気持ちはあの頃と変わりないわ。今まで以上にディエゴを愛しているし、彼のために何かしてあげたい。喜んで絵を描き続けたいの。 ディエゴに何も起こらなければいいわ。だってもしディエゴが死ぬようなことがあったら、私も、どうしても彼といっしょに行くわ。二人いっしょに埋葬してもらいたいの。ディエゴが死んだ後も生きるなんて考えてもらいたくないわ。ディエゴなしに生きてゆくことなんて、とてもできない。私にとって彼は私の息子だし、私の母、私の父、私の夫、私のすべてなの」 ※6
(日記の中で)「ディエゴ…始まり ディエゴ…建設者 ディエゴ…私の子 ディエゴ…私の恋人 ディエゴ…画家 ディエゴ…私の愛する人 ディエゴ…私の夫 ディエゴ…私の友 ディエゴ…私の母 ディエゴ…私の父 ディエゴ…私の息子 ディエゴ…私 ディエゴ…宇宙 統一の中の多様性 なぜ私のディエゴと呼ぶの? 今までも、そしてこれからも決して私のものとはならない人なのに あの人は彼自身のものなのだから」 ※5
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<おススメの1冊> 『フリーダ・カーロ 痛みの絵筆』(著者:マルタ・ザモーラ 編:マリリン・ソード・スミス 翻訳:北代美和子 発行:リブロポート 1991)は、彼女の波乱万丈の生涯を淡々と追っていきます。そこがいいんですよ。また、図版も非常に豊富で画集といってもいいくらいです。映画でカーロのファンになった人にはおススメ <フリーダ・カーロ関連の書籍>
※1 『フリーダ・カーロ 痛みの絵筆』著者:マルタ・ザモーラ 編:マリリン・ソード・スミス 翻訳:北代美和子 発行:リブロポート 1991 p97 ※3 同上p102 ※4 同上p110 ※5 同上p85 ※2 『ディエゴとフリーダ』 著:ル・クレジオ 訳:望月芳郎 発行:新潮社 1997 p202―203 ※6 同上p210―211 |
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