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美術家の言葉 |
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■初期のまさにネオ・ダダの作品を制作したときに考えていたことについて… 「旗や標的といったものは、見ればすぐそれと分るけれど、見つめようとはしないものだ。基本的にはそれが重要だった」 ※1 「絵画がひとつのオブジェならば、オブジェもひとつの絵画でありうるということだ」 ※2 「いかに旗を自己表現からかぎりなく遠ざけるかという作業の過程である」「アメリカ国旗のデザインを使うことで僕はずいぶんと多くのものを取り除くことができた。何故なら僕は旗をデザインする必要がなかったからだ」 ※3
■絵画に対する姿勢、問題意識として持っていたこととして… 「絵画では、観念が伝達される仕方は、それがどう見えるかにかかっている。僕はずっとそう思ってきた。それは避けようのないことだし、デュシャンにしても、避けることができたとは思えない」 ※4
■自身がアーティストとして“悟った”ときのこととして… 「僕は、アーティストだった、あるいはそう自称していたたくさんの人に会って、彼らをアーティストにしたもの、そして自分をそうしなかったものは何なのか考えてみました。一つ分かったのは、僕がやっていたことは、すべて、現在という瞬間のためにやっていたのではなく、すべて何かに向かって成されたものだったということです。そうしたある時、僕は、まさしくその瞬間、自分の人生を生きているという感覚に襲われたんです。その瞬間、やろうと思っていたことをやってはいけないなんてことがあるだろうか。それからは、いろんなやり方で仕事をし、いろんなものを破壊し、自分がやったことについて真剣になり過ぎたきらいもあります」 ※7
■初期の作品と「四季のシリーズ」以降の作品の違いについての自身の考え方の変化として… 「初期の制作で私は自分自身を、私の心理状態、感情を隠そうとしてきた。これはその時の私自身の感性、絵画における感性にとって、当然のことであり、しばらくの間、私は絶えず自分の胸に銃を向けているような緊張感を持ち続けて来た。しかし結局は戦いを止めた。人はシンプルに生きるべきで、構えるべきではない。最近作の変化は私のこの考えを反映している」(マーク・ローゼンタール著のカタログ・1982) ※5
■自作についての解説をほとんど行わず、またその絵画の直感的な把握しにくさについての考え… 「私は個人的には、絵画を、“意見陳述を避ける”状態に保っておきたいと思う。その結果、ひとは、個人個人が好むように作品を体験できるという事実のなかに立たされるのである。つまり、注意力を一方向にだけ向けるのではなく、状況を、一種の現実の事物のような状態に放置しておくことだ。そうすれば、その状況の体験はさまざまに変わりうる」 ※6
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<ジャスパー・ジョーンズ関連の書籍>
言葉の流用・引用先文献 ※1〜5 「講談社版 現代美術8 ジャスパー・ジョーンズ」発行・講談社 1993 ※6 東野芳明 「ジョーンズの近作 あるいは「旗」から「敷石」へ 『美術手帖 1978年9月号 特集/ジャスパー・ジョーンズ』 ※7 『現代美術は語る ニューヨーク・1940-1970』 著:エミール・ディ・アントニオ、ミッチ・タックマン 訳:林道郎 発行:青土社 1997 p167-168 |
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