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美術家の言葉 |
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■ホッパーが絵画制作において目指していたもの、重要視していたものとして… 「私がもっとも関心を抱いているのは、経験と感情という広大な分野であり、文学にせよ純粋に作意的に指向された美術にせよ、これに取り組んでいるものはありません。(中略) 絵画において私がめざしていることは表現手段として常に自然を用いることで、私が最も対象を愛したとき、つまり事実が私の興味やあらかじめ想像したものと一致したとき、その対象のあるがままの姿に対する私の最も内なる反応をキャンバスに投影しようと試みることなのです」(O'Doherty, Brian:American Masters: The Voice and the Myth,New York 1973 p.22)※9
■ホッパーにとって芸術、芸術家とはどのようなものであるか、という見解を現すものとして… 「すぐれた芸術というのは、芸術家自身の生の外的表現であり、その内的な生というのは、彼の世界観に起因する……。人間の内的な生は、果てしなくまた多様な領域である」 ※6 「自覚ある聡明な芸術家は、安定した感情や独自の視点、粘り強さを持っている」 (Hopper,Edward:Charles Burchfield:American:The Arts 14 ,1928 p.5 ※10
■“アメリカン・シーンの画家”という評価について… 「私がどうしても我慢ならないのは、あの『アメリカン・シーン』という営業区分だ。私がやろうとしてきたのはベントンやカリーや中西部の画家たちのようにアメリカン・シーンを描くことじゃない。私に言わせればアメリカン・シーンの画家たちはアメリカを戯画化しているんだ。私はいつも自分自身であろうとしてきた。フランスの画家たちは『フレンチ・シーン』を描いたわけじゃないし、『イングリッシュ・シーン』のイギリス画家なんているものかね」 Gali Levin ,Edward Hopper.The Art and the Artist(New York:W.W.Norton,1980)p8 ※2 ■しかし、アメリカ文化から離れない理由として… 「もしも師(マスター)に仕えることが必要だったとしても、私たちはそれを既に果たしたのだと私は考えている。そしてそのような関係を将来にまで持ち越すことは、私たちにとって屈辱でしかあり得ない。結局のところ私たちはフランス人ではないし、そうなれる筈もなく、またそうなろうとすることはわれわれ自身の遺産を破棄し、見せかけの化粧板以上のものではないものを自分自身に無理強いすることにしかならないのである」 Levin, "Edward Hopper,Francophile",p120 ※3
■ホッパーが具象絵画に固執?したひとつの見解として(抽象表現主義を横目で見ながら…) 「私は、同時代の絵画の大部分がこの要素(根源的着想の死滅)を内包していないと思う。代わって目につくのは、知的な思いつきだけであり、それは想像力から生まれた着想ではない。こうした理由で、私は同時代の絵画の多くが本物ではないと考えている。そこには心から感じるものは何もない」 (O'Doherty, Brian:American Masters: The Voice and the Myth,New York 1973 p.22※7
■具象画家としてのホッパーのモチーフの選び方のひとつを現わすものとして… 「日常のささいな気分でさえ解釈する意義がある」(Hopper,Edward:Charles Burchfield:American:The Arts 14 ,1928 p.6-7 ※8 「私の内的な経験を総合するのに、それらが最も適当なメディアであると信じるから、ということこと以外に、確かなところは実は私にもわからないんだ」 ※5
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美術家の言葉の流用先、引用先原典 ※7 『タッシェン・ニューベーシックアートシリーズ エドワード・ホッパー』 著:ロルフ・ギュンター・レンナー 発行:タッシェン・ジャパン 2001 p65 ※8 同上 p89 ※9 同上p10 ※10 同上 p28 ※2〜4 生井英考 「蒼ざめた貌 エドワード・ホッパーの<「反」アメリカン・シーン>『美術手帖89年2月号 特集 ホーマー+ホッパー+ロックウェル アメリカの肖像」発行:美術出版社 ※5,6 ゲイル・レヴィン 「ホッパーが描いたアメリカ」 『美術手帖1981年3月号』 p162−163
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