美術家の言葉 red05_next.gif エコール・ド・パリ>藤田嗣治


  

  

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絵画の制作技法・構造と効果 目次

 

■独自のマチエールに到達したときのこととして…

「ある日、ふと考えた。裸体画は日本画に極めて少なく、春信、歌麿などの絵に現れる、僅かに脚部の一部分とか膝のあたりの小部分をのぞかして、あくまでも膚の実感を描いてるのだという点に思い当たり、初めて肌という最も美しきマチエール(質)を表現してみんと決心して、裸体に再び8年後、画筆を下したのであった。 (中略)  

皮膚という質の軟らかさ、滑らかさ、そしてカンバスそのものが既に皮膚の味を与えるような質のカンバスを考案することに着手した。第一がマチエールの問題であったが、私が輪囲を面相筆をもって日本の墨汁で油絵の上に細部をもって描いてみた。皮膚の実現、肌そのものの質を描いたのは全く私をもって最初とし、私の裸体画が他の人の裸体画と全く別扱いされたことは世間の大注目をひいた」 (「腕一本」から) ※1

 

■線の扱い方、考え方をしめすものとして…

僕の希望は絵を描く前に、物体と自分と一人になって−直感で描いていく。つまり訂正したり、思考したりした線ではなく、直感から生まれた線の方が的確にして無限に深い。そして観者の心に訴えるところが多いと思う。あるいはあとで全体的に見た場合、誤りがあるかも知れぬ。けれども、感じを正直に捉え、健全なる線がひける。

健全な線の方が病的な線よりも、常に本質的に優れているとは私は言わない。ただその方が正しいとだけは言える。そうして、その方がひねって描くよりも一層高い気持ちが現わされ、また実際に現われもする。ところが、なかには故意に下手そうに描くとか、あるいは子供らしく幼稚に描く人がある。それらは一種の拙稚感を意識した、つまり上手さであるが、そうしたすべての意識や雑念を年頭から去って、ただ無念無想の気持ちで、線の流れ出すままにまかして、最初の一筆からして、その結果を予期しないで描いてゆく。

予期しない結果を生み出すということが一番面白い。ところが、なかには線とは物体の輪廓を描けばよいと思っている画家がある。線とは単に外廓を言うのではなく、物体の核心から探求されべきものである。美術家は物体を深く凝視し、的確の線を捉えなければならない。そのことが分るようになるには、美の真髄を極めるだけの鍛錬を必要とする。

そして、線で出来る建築−線が起こす運動−など不思議な魅力をもって、画面の構成を限りなく変化させ、活躍させ、直線や曲線が入り乱れて、画面のうえで美しく跳躍する。線で物体を描くとき、物をことさら変形して描いたり、アンスピレーションとかデホルメーションとか、ファスペクチュールとか、それか線を大きく加えたり、少なく減らしたり、自在に加減乗除ができる。かくて古今独歩な線は生まれる。その独特な線が出来て初めて他人の意表に出たり、他人の追随を許さないような個性的な深い美は生まれるのである」  (昭和10年9月)「地を泳ぐ」から ※2

 

■創作時の状況(描く手順)などに関して…

「私が描く場合には、最も一番興味を感じた場所、たとえば膝に現れた皺が面白いと感じた瞬間に直ちにこれを捕え、あるいは脚の組み合わせに一番興味を引いたらば脚の方を描きおわって胴より頭へと描きあげていく。顔面中で口と鼻とに癖があって眼を引くとすれば即ち口から描く。あとに眼へ発展し、額へと延びて行く。最も強く自分の興味を打った所から初める故、既にその部分だけ出来ていても絵は大半を完成して得る訳となる。自然に延長して行く方向は自由になるままにまかせて行くのである。単にアンスピレーションのわいて来るのを待ち、絵に着手をただ気長に待つということより、興味をわかして物をインテレストすることが最も肝心である。面白みを感じ、描く興味の一筆を下せば、絵は運ばれて行くのである」 ※1 「腕一本」から

 

■創作時に注意していたことについて…

「画室にある全部の作品は全部裏返しにしておいた。これはたとえ同じ絵をくりかえすにしても、前の作品の模倣を避けるためである。いかなる模倣にも創造はない。 自分の観念を支配するかも知れない絵が自分の目の前にない時、そこには必ず進歩したものが生まれるのだ。だからもし多大な考慮をもって絵に向かえば6カ月の後、前後2枚の絵を比較するとそこに非常な差異を見出し得る。そしてそれをもって進歩と称することが出来るのだ」 (昭和4年)「在仏17年」から

 

  

 

 

画家の言葉の流用・引用先文献

「藤田嗣治追悼展」 編集・発行:朝日新聞社企画総務 牧田 茂 1968

※1藤田嗣治:腕一本 東方美術協会 昭和11年

※2 藤田嗣治:地を泳ぐ 書物展望社 昭和17年