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ルーチョ・フォンタナが、自身の作品において目指していた(あるいは期待した)効果とはどのようなものだったのかを表すもののひとつとして…

 「われわれの意図は、人間の内的体験を総合すること、人間がうまれながらに持っている諸条件の機能と結びついて、存在本来の表現となるような総合に近づくことにある。われわれは原初の芸術体験をわれわれの方針とする。中が空洞の物体を叩いてみて、その時に生じた音を初めて耳にした先史時代の人間は、そのリズムに魅了され、そしてリズムの生み出す力に駆り立てられるままに、陶酔するまで踊りつづけたことだろう。原初の人間にあっては、すべてが感覚である。不可解な自然に直面した時の感覚、音楽的な感覚、リズムの感覚。われわれの意図は、人間が生まれながらに持っているこれらの条件を発展させることなのである」 (ルーチョ・フォンタナ他 「白の宣言」 1946)※5

 「さらなる次元を獲得し、……建築の不可欠な部分となるために、科学技術上の発見を利用して、キャンヴァスの領域や彫刻の量感を超え、周囲の空間にまで至る」 ※1

 

フォンタナにとって、新しい表現を生み出すことの意味ともいえるもの(何故その必要性を感じたか)として…

 「あらゆる意識の中に根を下ろした物質主義が、それ自身価値を持った芸術を要求しているのだ。今日では茶番となってしまったような、あの種の再現や描写ではないのである。この物質主義の中できたえられた今世紀の人間、すなわちわれわれは、すでにある形を再現したり、いつの時代にも繰り返されてきたような経験を物語るのには、無感動になってしまったのである。こうしてだんだんと変形が行われてゆくうちに、抽象というものが考え出されたのである。

 しかしながら、こうした新たな事態も、もはや現代の人間の要求に答えるものではない。

 そこで、われわれは形式において、また本質においてさえも、変化することを要求する。絵画を、彫刻を、詩を、音楽を乗り越えることを要求する。われわれは、新しい精神の要求に対し、もっとふさわしい芸術を必要としているのである」 (ルーチョ・フォンタナ他 「白の宣言」 1946)※4

 

フォンタナ作品の“形態”の解説ともなりえるものとして…

 「新しい芸術は、その要素を自然の中に求める。存在と自然と物質は、完全な統一体を形成し、時間と空間の中で発展する。変化することは、存在の本質的な条件である。進化と発展の特性、すなわち運動は、物質の基本的な条件である。物質は運動の中にこそ存在し、他の形では存在しえない。その発展は永遠である。そして色と音は、自然の中で物質に結びつけられるのである。

 運動中の物質と色と音、これらの現象の同時的発展こそが、新しい芸術の不可欠な部分をなしているのである。

 量感の形をとった色は、連続的な形を持った空間の中で発展してゆく。……(中略)……量的な形式の構成をもつものは、可塑性、可動性をもった物質を使うことで、変化させられる。

 そうした構成物は空間に置かれると、同時性の形式を獲得し、動的イメージを内包するのである。こうしてわれわれは、その本質において、自然をほめたたえるのだ。運動中の物質は、時間と空間の中で展開し、その変化において存在のさまざまな段階を経ながら、みずからの総体的かつ永続的な存在を明らかにするのである」 ※3

 

 

 


 

  

 

 

 

 

green07_next.gifフォンタナの「美術家DATA」

ルーチョ・フォンタナ関連の書籍

 

 

美術家の言葉の引用・流用先

※1 『現代美術の歴史』 著:H.H.アーナスン 発行:美術出版社 1995 p486

※3,4,5「ルーチョ・フォンタナ空間概念」展 編:多摩美術大学美術参考資料館 1990 p92-97の中から