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美術家の言葉 |
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■アンフォルメルの代表的な美術家としてカテゴライズされながらも、完全なるアンフォルメルには距離を置こうとしたことの一つの理由として… 「芸術のどんなフォルムであっても、実在するものの一部がそこに混ざり合っていないのであれば、何の感動も与えはしない」 ※1
■フォートリエ自身の作品の鍵となるものは何かを、解説するものとして… 「絶対的な『アンフォルメル』の非現実性は、何ももたらしはしない。根拠のない遊びなのだ。どんな芸術形式も、そこに現実の一部分が入り込んでいないとしたら、感動を与えることはできない。感じ取ることができない程ひどく微細なものであるにしても、その暗示、その取り去れない小片が、作品の鍵なのだ。それは、作品を読み取り得るものにし、その意味を輝かせ、本当の知性である感受性に対して、作品の奥深くにある本質的な現実性を開くのだ」 (ジャン・フォートリエ 「現実性についてのアンケートへの回答」、『20世紀』誌所収、パリ、1957年6月)※2
■フォートリエが制作段階において、最も重要視していたこと… 「まず感動をあらわすためには何よりもデッサンによって自分の感情を外に表さなければならない……デッサンというのは何ものかを再現するという意味ではなく、内的なものを固定させる力のようなものを意味する。デッサンでまず自分の感動を固定しなければならない。その次にマチエールが来、その次に色が来る。しかしそれらのすべての前にデッサンが来る」(『滞日放談録』 東野芳明) ※3
■フォートリエの絵画というものに対する考え方を現わすものとして… 「現実は作品のなかに残りつづけなければならない。それは原料であり、フォルムの下にあり、フォルムを支え、進ませる《吃水部》なのである」 ※4 「芸術というものは、人間にひとつの価値あるイメージを与えることが問題であって、ひとつの作品を与えることが問題ではない」※5
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美術家の言葉の引用、流用先 ※1 『パリ近代美術館展』 作品解説 中村隆夫 「アンフォルメルと叙情的抽象に対峙するレアリスム」 発行:アート・ライフ 1999 p154 ※2 「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 p138 ※3,4 「フォートリエ その言葉 現実的な、あまりにも現実的な《アンフォルメル》」 宮川淳 『美術手帖1968年9月号』 発行:美術出版社 p69 ※5 「フォートリエ この一点 《人質》」著:東野芳明 『美術手帖1968年9月号』 発行:美術出版社 p78 |
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