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美術家の言葉 |
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■デックスが常に意識していた(自分に課していた)ひとつの姿勢として… 「私が信条を言葉で綴ったことは一度もありません。というのも…滅多に現代では見かけないことかもしれませんが、私の絵こそが、まぎれもない真実の信条だからです。美学的や哲学的な事柄を語る気にはまったくなれませんし、その能力もないです…見ることのできる眼をもっているものは、見ればよい!のです」(1948年にハンス・キンケルに対して書いたことより) (芸術に対する態度とともに、志願兵として戦場へ向かった動機ともなること) 「私はすべてを自分で見なければならなかったのです。ご存知のように、私はまったくのレアリストですから、それがどんな具合なのかをこの眼で見ないではいられないのです…まさしく現実的人間! …現実存在! なのです。きみ自身もそうでなければなりません! 自分自身がそうであるべきなのです。そうでなければ、きみは理論家、愚劣な理論家になりさがるのです…」
■デックスが戦争を題材にした作品を制作した理由として… 「私は戦争を正確に研究した。それがどのようなものか理解できるように、戦争は現実的にありのまま描かれなくてはならない。美術家はなにがどうだったかほかの人にわかるように制作しようとするものだ。私はなによりも戦争のいまわしい結末を描いた。この戦争の現実を、私ほど欠乏や損傷の苦しみと見た者はほかにいないだろう。私は戦争の真のルポルタージュを選んだ。破壊された大地、死体、傷を示したかったのだ…」 『チューリンゲン地方新聞』との対話 1964年12月 引用はD.シュミット、1978年、244ページによる
■デックスが考える写真と肖像画の違いについて… 「肖像画を描くことは近代以降一段低い芸術上の仕事と見なされている。だがある画家にとってそれはもっとも魅力的かつ困難きわまる仕事なのだ。 (中略) 肖像画を描くことが写真にとって変わられたのだとしたら、それは近代化による高慢であると同時に、幼稚な思い違いのひとつである。写真は常にある瞬間だけを撮ることができるにすぎないのであって、特殊な個々のかたちをつくりだすことは決してできない。というのも、そういったことは芸術家の力量と画家の直感に関わる問題だからである。だからある人間を何百枚と写真に収めたところで、違った瞬間の光景を何百枚と見せているにすぎないのだ。全体を見、かたちづくることができるのは画家だけである。 かたちばかりでなく、色も非常に重要であり、しかも個性を表現する一手段なのだ。どんな人間にも本当にその人特有といえる色彩があり、それが絵全体に効果を及ぼす。カラー写真であっても、精神の表現ができるのではなく、ただ物質的な外観を伝えるにすぎず、そのうえ一度として成功しているとは言い難い…」 Dix: Gedanken zum Portratmalen. Internationale Bodensee-Zeitschrift,Amriswil,Marz 1955,S.59-60
■ディックスにとって絵画とはいかなるものであるか、どのような表現を行いたいと考えていたかを現わすものとして… 「いずれにせよ私は、絵画における新しさというものは題材の領域を拡大することにあると思う。昔の巨匠たちの場合にも中核に存在していた表現形式をふくらませることにあるのだ。とにかく私にとって対象が第一であって、形式はその対象によってつくられる。だから、一番重要なのは自分で見ている事物にどれだけ迫ることができるかという問題だ。『いかに』より『なにを』のほうが私には大切だからだ」 D.Schmidt: Manifeste,1965,S.377;-Uwe M.Schneede,Die zwanziger Jahre,1979,S.138;-D.Schmidt 1978,S.205 「私は特定の流派や運動をよりどころにはしていない。表現に徹することが私にとってはすべてだ。…色彩と形態だけでは、体験と感動の欠落を補うことはできない。私は自分の絵において、私たちの時代の意味付けをしようと努めている。絵というものは、なによりも内容、テーマを語りかけるものでなければならないと思うからだ。描くことは、秩序を生み出す試みなのだ。私にしって芸術とは封じ込めることなのだ」 Dix in 《Tagliche Rundschau》,Dresden,16. 11.1947/Loffler,Die Kunst Bd.65,1966/67, S.113.Diether Schmidt 1978,S.217
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<オットー・ディクス関連の書籍>
美術家の言葉の引用先、流用先 『パルコ美術新書 オットー・ディックス』著:ディートリヒ・シューベルト 訳:水沢勉、松下ゆう子、真野宏子 発行:PARCO出版 |
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