|
|||||||
美術家の言葉 |
|
|
|||||
|
■ドニが、ナビ派以降に最終的に到達した絵画論ともいえるものとして… 「芸術は自然の聖化であり、生きていることに満ち足りている全世界の自然の聖化である。偉大な芸術は、装飾的と呼ばれているものであるが、聖別された、神秘的で、威力のあるイコンの形での、日常の諸感覚像や自然対象の変装でなくて何であろう」 ※4
「芸術とは自然を神聖化することだ。精神性のないヴィジョンは無意味である。芸術家の使命は美しいものを不朽のイコンへと高めることだ」 ※5
「絵画とは本質的に宗教的でキリスト教的な芸術だ。もしこの不信のわれわれの世紀に芸術のこの性格が失われているとするなら、それを再び見出さなければならない。そのための手段は、フラ・アンジェリコの美学をもう一度見直すことだ。彼だけが真のカソリック信者であり、彼だけが、敬虔で、神秘的で、神を愛する魂の願いに応えることができる……」 Mauris Denis, Journal, Tome I (1884-1904),La Colombe, Paris,1957, p.63 ※3
■ドニにとっての“風景”が意味するもののひとつとして… 「もし私が、感動はそのまま表現になると言ったら、私の言いたいことがわかるだろうか? ここにはある種の美の代数がある。感動と表現は方程式を形づくる。一方は他方と同等である。感動といえば風景のこと。つまり風景といえば感動を知ることである」※6
■ドニの作品のなかで“衣服”が果たす役割として… 「古代の彫刻家が襞を効果的に表現するために用いたのと同じ布が、教会での祭儀にもある効果を生み出すために用いられているのは、奇妙なことではあるまいか。私にとってそれ[襞の表現]は、実物からのスケッチに建築的な構造を与え、表面と線とのより堅固な関係を生み出す手段であった」 M.Denis,Journal,t.I (1884-1904),p.147;Paris,1957,La Colombe,Editions du Vieux Colombier. ※2
|
|
美術家の言葉の引用先、流用先文献 ※2 「オルセー美術館展1999 19世紀の夢と現実」 編集:高橋明也 発行:日本経済新聞社 1999 p53 ※3 高階秀爾 「町のなかの修道院芸術−−ナビ派の歴史と美学」「美術手帖 1976年1月号 特集 ナビ派−−色彩の預言者たち」 ※4 潮江宏三 「共感覚・気分・象徴−−モーリス・ドニと絵画」,「美術手帖 1976年1月号 特集 ナビ派−−色彩の預言者たち」 p64 ※5、6 ※『パリ、プティ・パレ美術館展 自然のヴィジョン:クールベ、モネ、セザンヌ、ドニ−−画家たちのアプローチ』 執筆:マリー=クリスティーヌ・ブシェ、ドミニック・ブドゥ、イザベル・コレ 発行:フジテレビジョン 1999 p87 |
|||||