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美術家の言葉 |
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■ポール・デルヴォーが影響を受けたものについて… 「……イタリアの偉大な画家のすべてから影響を受けた。ピエロ・デラ・フランチェスカもいれば、マンテーニャもいる。そのなかでもパオロ・ウッチェロはとくにすばらしいと思う……。 20世紀の画家なら、なんといってもキリコだ。1914年以前のキリコにはとても強い印象を受けた。彼が教えてくれたのは、沈黙と不在の詩だった。彼は虚無の詩人だ。これはただことならぬ発見だった。出発点だと言ってもいいだろう」 (Interview, in: Catalog of the Paul Delvaux Exhibition at the Knokke-Heist Casino, 1973) ※1
■デルヴォーが目指した表現をあらわすもののひとつとして… 「私は自然主義的な描写なるものを超えたところで、<自然>に接近したいのだ」 (Jacques Meuris, Sept dialogues avec Paul Delvaux accompagnes de sept lettres imaginaires . Paris : Ed. Galerie Ysi Brachot, 1987) ※3
■デルヴォーの作品の中にしばしば登場する“汽車”“駅舎”に込められた暗喩のひとつとして… 「子供のころ汽車が好きで、それがノスタルジーとして残っている。幼いころの思い出だ……。私は自分の幼年期の汽車を描く。それは幼年期そのものなのだ」 (J.ムーリスに語る) ※4 「汽車はまるで天使のようだ。汽車が通り過ぎると心は淡い郷愁に満たされる」 (Jean Clair, "Delvaux, le reve biographique" in Michel Butor , Jean Clair , Suzanne Houbart-Wilken, Delvaux, catalogue de l' oeuve peint, Bruxelles:Cosmos , 1975) ※5
■デルヴォー作品の構造を読み解くための、ある要素として… 「闇と感じられるものの力からエロティズムの威力を汲み上げるこの絵の放つ光は、まさにこの女から、この捧げられた肉体からやってくるのだ。恥じらうように交差させた足首と、街灯から差し込んでくると思われる光に性の渡路を開いている両股のポーズとは著しく矛盾している。明かり――暗がりの妙、それはひとつの現実をもうひとつの現実に反転させ、このタブローの中に高次の転倒を生み出している」(Marcel Paquet, Paul Delvaux. L'essence de la peinture. Paris: E'd. de La Difference. 1982) ※6
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<ポール・デルヴォー関連の書籍>
美術家の言葉の引用、流用先 ※1 『現代美術の巨匠 ポール・デルヴォー』 著:マルク・ロンボー 訳:高橋啓 発行:美術出版社 1991 p12 ※3 同上p11 ※4 同上p22 ※5 同上p22に所収 ※6 同上p22に所収 |
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