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美術家の言葉 |
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■ブラックが考えた“芸術”に達するための考えのひとつ…… 「芸術では、真実を歪めずに効果を挙げることはできない」「感動は感動を呼ばないし、感動自体を模倣しない。感動は芽で、作品が開花である」 「私は、女性のもっている自然な美しさすべてを表現することはできない。それほどの技量を持っていない。それは誰だって持ってはいないのだ。だから、私は、新しい種類の美、ヴォリューム、線、マッス、重さを言葉として私の前に現れる美を創り出さなければならず、その美を通して、私は私の主観的な印象を解釈する」 以上、1948年マーグ画廊発行「ジョルジュ・ブラックの手帖1917−1947」の原稿から ※1 「自然は、装飾的な構図のための単なる口実にすぎず、感情は、ましてそうである。自然はある情緒をほのめかし、私はその情緒を芸術に翻訳する。私は、ただ単に、人工の女を示すのではなく、『絶対』を提示したい」 『建築記録』誌、1910年5月号 ※2
■キュビズムの“二次元における空間”を読み解くヒントになるものとして… 「キュビズムの起源ですか。それについて私自身が、それほど多くの発見をしたわけではありません。それは、パピエ・コレが形態の外側に色彩を導き入れることであったように、一途に空間を追求することだったのです。 現実の抽象としての空間は、普通、二次的に還元されます。深さのなかでその空間を動かすのは、非常に難しいことです」 1954年『画家は語る』 ※3 「視覚的空間は、対象をひとつひとつ分け隔て、触覚的空間は、対象からわれわれを隔てる」 1948年マーグ画廊発行「ジョルジュ・ブラックの手帖1917−1947」の原稿から※4 「構築すること。それは均質の要素を集めることだ。組み立てること。それは異質の要素を結びつけることだ」 1948年マーグ画廊発行「ジョルジュ・ブラックの手帖1917−1947」の原稿から※5 「君はキュビズムについて質問するが、キュビズム基本的には印象派、とくにモネに対する反動であったことを忘れてはならない。なぜなら、印象派が大気と光という尺度によって、自然を表現するのに専念していたのに反して−−実際彼らはいたるところに少しずつ空を撒き散らしたものだ−−われわれは、彼らが等閑に付していた空間を表現しようと努めていた。にもかかわらず、私は、芸術同様、人生の革新者として、モネは非常に重要だと思う。戸外の愉悦を世界に示したのは、結局モネだった」 ※6
■現代の画家における“成熟”“熟練”を意味するもとして、ブラックが考えていたこととして…… 「私には自分の芸術をあえて特定の線に沿って制作することが全くできない。私には、自分が明日何をしようとしているのか全くわからない。まして1年後はいうまでもない。先入観というものは、私にとって存在しない。新しい作品はすべて賭けであり、未知への冒険なのだ。むしろ、占い師が茶がらを「読む」ように、私はカンヴァスの上に自分の方法を徐々に「読む」のだと、私には思われる」 ※7
■ブラックが追い求めたもの、そして自作にとってもっとも重要なことを表すものとして… 「私自身の作品には、私が理解すらせず、また理解しようともしないある種の神秘、ある種の秘密がある。なぜ、それを思い悩むのであろう。神秘は調べれば調べるほど、深まってゆくのだ。それはつねに手の届かぬところにある。神秘は、それがその力を失わないかぎり、敬意を払われるべきである。芸術は人の心をかき乱し、科学は休めるのだ。もし神秘が存在しなければ、ポエジーもない。このポエジーこそ、私が芸術において他の何ものにもまして尊重するものである。 ポエジーということばで、私は何を意味させるのか? 絵画にとってのポエジーとは、ちょうど人間にとっての人生の意味と同じである。けれども、私にそれを定義づけるよう要求はしないでいただきたい。それは芸術家ひとりひとりが自分の直観を通して、自分自身で発見するためにもがかねばならない何ものかである。私にとっては、それは調和であり関係であり、リズムであり、そして−私自身の作品にとってこれが最も重要な点なのだが−変容(メタモルフォーシス)なのである」 「すべての事物は状況にしたがって変化する。これが変容である。君が私に、私の絵にあるものに見られる特定のかたちが、女の頭部を表現したものか、あるいは魚か、花びんか、鳥か、それともそれら四つを同時に描いたものかと質問しても、私には断定的な回答を与えることができない。というのは、このメタモルフィックな混乱はポエジーにとって根本的なものだからである。一つのかたちが人によって異なった物を意味しようと、同時に多くの物を意味しようと、あるいは全く何物をも表さなかろうと、私には同じことだ。それは時として私が好んで自分の構図に取り入れる一つの出来事、あるいは『韻』の一つにすぎない」 以上、Catalogue of the Exhibition of Georges Braque,An American Tribute,New York 1967 :「変容と神秘」 ジョン・リチャードソンとジョルジュ・ブラックの対話による ※8 「感覚はデフォルメし(ゆがめ)、精神はかたち作る。(……)私は情動を修正する規則を好む」※9
■後期の色彩が溢れ、単純化していった間接的な動機となったものについて 「ステンドガラスにとりかかれたのは、ようやく1953年になってからのことだった。画家のジャン・バゼーヌが手伝ってくれたけれども、ガラス選びからその焼成、鉛への組み込みまで、ずっとそばで監督していた。私の絵を豊かにしてくれる、すばらしい体験だった! ステンドグラスでは色と形を単純化しなくてはならないからね」 ※10
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美術家の言葉の引用先・流用先文献 ※1〜5「BRAQUE」 解説:Raymond Cogniat 訳 山梨俊夫 1980 発行:美術出版社 ※6〜8 「現代世界美術全集15 <愛蔵普及版> ブラック/レジェ」 編集:後藤茂樹 発行:集英社 1972 ※9 「パリ近代美術館展」 千足伸行 「現代美術の青春:フォーヴィスムからキュービスムへ」 発行:アート・ライフ 1999 p17 ※10 『わが生涯の芸術家たち』 著:ブラッサイ 翻訳:岩佐鉄男 発行:リブロポート 1987 ,「ジョルジュ・ブラック」 p31 |
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