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美術家の言葉 |
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■ボイスが“芸術”を通じて目指した効果、また作品・アクションの意図を表すものとして…… 「ある固定した状況について、何かいうことができるかね。自分がそのなかに入っていると、そうは容易にいえないはずなんだな。だから、いちばんいいのは、その枠の外に出てみること。別の領域に身を置いて、そこに生きているものたちと同一化をはかることなんだ。 で、それをみんなに提示すれば、彼らをうまく挑発できるかもしれない。そうすると、みんながこう聞いてくると思うんだ。何だい、あのボイスのやっていることは? あの不思議なことは? とね。みんながありとあらゆる質問をあびせはじめる。 やがて単純な理屈のしからしむるところと、みんなにもわかってくるはずなんだ。つまり、自分たちの立脚点が、そもそも間違っているんだ、自分たちの固定した立場を捨てさせられてしまうようなメッセージが、あそこから伝わってくるんじゃないか、とね」 "A conversation between Joseph Beuys, Heiner Bastian Jeannot Simmen " in Joseph Beuys : Zeichingen Tekeningen Drawings, National Galerie ※6 「われわれの眼は、もはや[見えない力]をじつは拾いあげられなくなっている。眼が見るものは、巨大な現実の塊であって、そういう見えない形なのではないんだな。現実で知る価値があるのは、そういうもの以外にないわけだがね。 われわれは、物理的な現実、表面的なあらわれという面でのみ考えるように慣らされてしまっている。いいかえれば、カメラのように何でもかんでも拾いあげる網膜的なイメージの面でのみ。そこで、もし私が他の知覚、あるいは認識の器官でもって、もっと別のものをとらえることができれば、それらもまた同じように現実の一部となるんだ。で、これを追求するのが私の真の意図、いや、私のつとめでもあるように思う。それが、いわゆる現実と対話することの意味なんだから」 ※8 「こうしたオブジェは、議論を呼び起こすために考えつかれたものであって、断じて美的創造物として構想されたものではない」 ※2
■ボイスが現代の“芸術”において、ひとつの鍵になるとして思考していたこと…… 「もはや失われてしまったものを時間意識の進んだわれわれの文化に取り戻すという必要にもとづく、意志の力という意味での生気なんだ。つまり、このような失われた力、シャーマニズムのもっている力をすくいあげ、われわれの思考の文脈にまったく新しいかたちで注入しようとする意志……。 原初的なものは、われわれの時代におけるひとつの不条理、つまり過去にたいする人間の征服の不条理性とみえる唯一のものなんだな。で、この不条理性こそみんなを挑発する。それは、われわれの現代の時間意識にたいする攻撃なんだ」 ※7 「……むしろこんな風に言いましょうか。本当の鍵となる出来事は、本来、つねに何というか……広い意味で内面的な経験であり、「体験」であり、そして……合理的な認識のシステムに完全な形で組み入れることができないものなんです。多くの場合には、いずれにせよそれらの出来事は、完璧なまでに合理的な態度を持っている人間の意識に現れます。そうした人間は、神話的なものや、あるいは、そう、比喩的なものや、ただたんに神話めいたものと同じように人生に向き合います」 (ヨーゼフ・ボイス、ゲオルク・ヤッフェとの対話、1976年) ※5
■ボイスの芸術観を表すものとして… 「私の芸術観とは、つまり、芸術史から出てきたような芸術の観念――彫刻、建築、絵画、音楽、舞踊、詩など、既存の枠のなかに入る観念ですね――をこえて、芸術というものの効力をふくらませようということなんです。 (中略) 最初に問題にされなければならないのは、いったい芸術は社会構造のどういう部分に生きているか、ということなんです。文化総体の一要素としての芸術の占める位置は、通常、創造性という点においてだ。しかし、われわれは、その創造性が社会総体にもつ意味を見なければならない。(中略) 現在、この[芸術という]領域は、社会のなかでもかなり特殊な位置を占めている。法律構造とか経済システムとか、いろいろ他の仕事の領域もあるけれども……私の考えは、芸術こそ進化にとって唯一の可能性、世界の可能性を変える唯一の可能性だ、ということなんです。しかし、そうなると、芸術という観念を拡大して、あらゆる想像力を含みこまなければならない。そうすれば当然、生きとし生けるもの、すべてが芸術家――自らの可能性を展開できるという意味で――だ、ということになる。(中略) だから、要するに私は、あらゆる仕事は芸術の質をもたなければならない、と…。」(ニュー・スクールで) "Public Dialogue ; Joseph Beuys", Avalanche Newspaper, May 1974. ) ※9
■ボイスが提唱した《社会彫刻》の考え方の一側面を表すものとして… 「すべては生産の質と有効性にかかっています。生産は今日では、生物圏の保存と大きなスケールでその再改造に役立つ生態学上のシステムを含んでおり、自然の諸力を再生させる大きな活力にかかわっている。それと同時に、エコロジーは人間が内面精神の力によって自らの必要を満たすことも意味している。つまり新しいタイプの人間を生み出し育てること……。 この新しいタイプの人類の登場は……いや、まず第三レヴェルのことから話しましょう……西洋世界の発展過程において二つのシステムが、つまり資本主義と共産主義という二つのシステムが生まれ、両極化してきたわけですが、その二つのシステムのあとに第三のレヴェルが来る…。人間と自然の問題を解決するにはどうしても第三のレヴェルが必要なのです。今こそこの第三のレヴェルについて論じ合わなければならない。(中略) <精神経済>と呼んでもいい。それに、私の言う<社会彫刻>という言い方もあります。また、人間の能力内の心理的実体と社会秩序との変革の必要を示すこと、と言い換えるのもいいでしょう。これを<文化人類学的芸術>とか<芸術のより広汎な理解>と呼ぶこともできます。そこではすべての人々が創造的存在となり、芸術家とみなされる……」 ※10 (インタビューで資本や政治、エコロジカルな話の後に)「しかし、これが芸術なんだ。あなたと私は、すでに芸術について話している。そう、私は、この種の芸術と他の芸術を区別することはできない。そうでないと、われわれは社会の変革について発言できなくなるからね。これは私なりの芸術における展開なんだからね。つまり、人間学的芸術と呼んでもいいし、芸術のいっそう幅広い理解だといってもいい。われわれはいつも、芸術からしかものをいっていない。これは私にとって最も重要な芸術なんだ。 これは芸術というものの伝統的な理解のなかでの革新であって、それが次の世紀の文化に対する展望を与える…そのとき人びとは芸術というものをどう見るかということだね」 ※4
■制作によく使用した素材が意味するもの、その背景として(その後の方向性を決定づけた経験でもある)… 「私が作品に使うこれらのマテリアルは直接、戦争の体験に根源をおいているわけではないが、平行性(パラレル)はあります」 (『美術手帖』1984年6月号 p141 インタヴュアー=植松奎二) ※3 「私は飛行機の上で敵弾が右のコメカミに入って左のコメカミからでていった。それでも不時着に成功し、いったん息を失ったが、親切なタタール人が、私をハダカにして、パターを塗ってくれ、そのバターのエネルギーを皮膚で吸いとって意識を取り戻した。彼らが私の冷たくなった肉体をフェルトで包んで、ソリにのせて部落につれていってくれた」 ※2
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<ボイス関連の書籍>
美術家の言葉の流用・引用先 ※6,7,8 高島平吾(訳+編) 「アンソロジー/幻現の行為者 『美術手帖 1983年4月号 特集 ヨーゼフ・ボイス』p44, p46 ※9 同上 54―55 ※3 秋田由利 「ボイスのエコロジー」『現代美術 ウォーホル以降』発行:美術出版社 1990 ※4 インタビュー ローレイエン・ウェイヤース 訳:高島平吾 「ヨゼフ・ボイス=その生活と制作」 『美術手帖 1981年1月号』発行:美術出版社 p169-170 ※2 『ポンピドー・コレクション展カタログ』 編集・発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 p152 ※10 ローレイエン・ウェイヤーズ 「ボイス VS ダライ・ラマ」 訳:松岡和子 『美術手帖 1983年4月号 特集 ヨーゼフ・ボイス』 p84―85 ※5 『身体と表現 1920―1980 ポンピドゥー・センター所蔵作品から』 編集:東京国立近代美術館 市川政憲、千葉成夫、中林和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 p216 ※2 ナム=ジュン・パイク 「ボイス解釈的会話」 『美術手帖 1983年4月号 特集 ヨーゼフ・ボイス』 p19
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