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美術家DATA フランシス・ベーコン

美術家の言葉 目次

ism(美術運動)の証言 目次

絵画の制作技法・構造と効果 目次

 

ベーコンが意識する“現代絵画”が背負うものについて…

「いいかい、写真の発明以後、絵画というものはまるで様変わりしたんだ。もう描くための理由が昔と同じというわけにはゆかないんだ。問題は、それぞれの世代がそれぞれ固有のやり方で描こうとしなければならないということなんだ。ほら、僕のアトリエには、写真が床のそこいらじゅうに散らばっているだろう、ぞれもこれもひどく傷んで。友達の肖像を描くのに使って、それをそのままとってあるんだがね。僕は、人間そのものよりは、こうした参考資料を基にした方が描きやすいんだ。それだと独りで仕事ができるし、気持ちもずっと自由だし。描いている時は誰にも会いたくないんだ、たとえモデルにでもね。でも、これらの写真は備忘録で、特徴だとか細かい点だとか、正確を期すということで僕の手助けになったわけだ。役には立った。でもただの道具さ」 ※1

 

ベーコンが考える現代の芸術家としての問題・焦点とは…

「でも、実をいえば、僕は既に彼の作品をいくつか聴いていたし、彼について書かれたものとか、彼に関するテクストを読んでもいたので、彼が新しいテクニックを使って自分の本能の新しい記録法を見つけようとしているだということは分かっていたんだ。そして、これは前回既に言ったことだけど、芸術家にとって問題は常に一つしかないんだな。つまり、テーマを表現すること、常に同一で、変えることのできないテーマを、そのつど新しい形式を見つけることによって表現するということなんだ」 ※3 

 

ベーコンにとって重要なものとは…

「…つまり、本能的に何かを描くことができるということなんだ。この本能というものを説明するとなると、これはまたたとえようもなくややこしい問題だ。絵画というものが世紀から世紀へといかに大きく変化するかという事実を見ると、本能というものもまた、世紀から世紀へと移り変わるたびに変化するのではないか、見たり聞いたりするあらゆるものによって変化を蒙るのではないのかと思えるんだ。どうだろう。ともかく、僕に言えるのは、本能というものは大変重要なものだということだ。

イメージをどう描くかというのは、これはたぶん説明のつくものだろう。なぜなら、それはテクニックの問題だから。テクニックは変化するし、絵画の一種のテクニック史を作ることで絵画をうんぬんすることもできるわけだけど、でも、絵を描かせるものは何なのか、そしてこれは常に変わらぬ同じものなのだが、絵画のテーマとは何なのか、絵画とは何なのかということは、これは説明できるものではない。不可能だと思う。おそらく、僕に言えるのは、自己流で絶望しながら、自分の本能に従って、あっちに行ったりこっちに行ったりしているということだな」 ※4 

 

自身のテーマを物語るものとして…

「僕は何でも見るんだ。人生が目の前を通りすぎる、その人生をじっと見る、これさ。人間はいつもイメージに攻め立てられている。むろん、残るもの、決定的なものはごくわずかだけど、でも、あるものは多大な効果をもたらす。この効果というものについてうんぬんするのは難しい。なぜなら、ほら、重要なのはイメージそのものよりは、それをどうするかということ、あるイメージが別のイメージへの効果として何を生み出すかということだからね。たとえば、スフィンクスのイメージを見たことで、通りを通り過ぎる人間の見方が変わるということだってありうるわけだ。あらゆるイメージが、見るもののすべてが、他のものを見る見方を変えるんだと思う。自分の内に生まれるのは、絶えざる変化の一つの効果でしかないんだ。あるイメージが、そしておそらくは自分が見るものすべてさえが、知らず知らずのうちに残りのすべてを変えてしまうかもしれないんだ。一種のイメージに対するイメージの影響というものがあって、それはとても謎めいたものだけど、でもそうなることはたしかだよ」 ※6

 

「でも、たぶん僕はいつでも死というものを感じているんだよ。なぜなら、生というものが人を奮い立たせるとして、その反対の、その影のような死も、人を奮い立たせるに違いないんだよ。おそらく、奮い立たせるのではなくて、生を意識するのと同じように死を意識するのさ。生と死をコインの表裏のように意識するのさ。要するに、僕はそのことを人についても、また自分自身についても大変意識しているのさ」 ※7 

「生に対して私と同じ態度をとっていれば、夏の午後、幸福感あゆれる素晴らしい日差しに包まれて水浴びしている人物にも、死ぬ定めのようなものを感じるでしょう」 ※10

 

 トリプティックを使用することについて…

「私が望んでいるのは、それ自身の肉から立ち現れる肖像を描くことであり、(…)そうして肖像を磔刑図と同じように悲痛なものにすることなのである」 ※9  

 

 


 

 

  

 

 

 

green07_next.gif フランシス・ベーコンの「美術家DATA」

 

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※1 『フランシス・ベイコン対談 ミッシェル・アルシャンボー』. 訳:五十嵐賢一 発行:三元社 1998 p12

※3 同上p62 ※4 p56,58 ※6 同上 p108 ※7 同上p114

※9 「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 p135

※10 『肉への慈悲 フランシス・ベイコン・インタビュー』 著:ディヴィット・シルヴェスター 訳:小林等 発行:筑摩書房 1996 p88-90