Henri Fantin-Latour


  

  アンリ・ファンタン=ラトゥール


  

  

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絵画の制作技法・構造と効果 目次

経歴

1836  グルノーブルに画家の家庭に生まれる。幼少の頃に家族とともにパリへ移住。少年時代に父親から絵画を学ぶ。ルーブル美術館における模写を数多く行う。

ルーブルでは、ヴェロネーゼの『カナの婚宴』の模写・デッサンを行っていたときにホイッスラーと出会い、以後親交を結ぶ

1859 ホイッスラーを訪ねイギリス訪問。サロンに入選し、次第にアカデミックな技法から離れていく

1861 サロンに初めて入選。再度、イギリス訪問

 

マネと知り合い、マネの作品を擁護するとともに、印象派の画家たちが集まるカフェ・ゲルボワに通う

印象派との親交から、同じ展覧会に出品。しかし、印象派の革新的な技法を利用せず

1864 三度目のイギリス訪問。花の絵で成功し、ロイヤル・アカデミーのサロンにも招待される

『ドラクロワ礼賛』を制作。大画面の集団肖像画の制作が多くなり次第にパリでも名を知られていく

詩人、音楽家とも交友し、ランボーらの文学者らを描いた『テーブルの片隅』(1872)や音楽をモチーフにした作品を数多く制作

ルドンとも出会い、石版画(リトグラフ)の技法を教える

音楽の視覚化を試みる

 1897 「夜」が国家買い上げに

 1904 フランスのビュレにて死去

正確なデッサン、赤みやほの白い輝きに照らされた暗い色調や独特のタッチによる静物画、肖像画を数多く手掛ける。

 

  

 

<国内で見られる主な絵画・所蔵品>

●国立西洋美術館

制作年

聖アントニウスの誘惑

不詳

●村内美術館

 

りんごのある静物

1861

テーブルの上の薔薇

1878

ヴィーナスと従者たち

不詳

●東京富士美術館

 

葡萄と桃のある静物

不詳

●川村記念美術館

 

花瓶の花

1877

 

  

 

 集団肖像画や静物画で著名な画家ですが、その真骨頂を現すのは(個人的にそう思っているだけですが)神話などをモティーフにした作品。

印象派本流の手法とは若干異なる分割描写で描かれた、渋い色合いの作品は、霧の中から見ているようにぼんやりとし、逆に現実の出来事とは思えない雰囲気を伝えます。

まさに主題と手法がマッチしています。

 

 

参考文献

「オルセー美術館展1999−19世紀の夢と現実」 発行:日本経済新聞社 

「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 監修:カトリーヌ・クロエス、フランソワ・ドールト、木島俊介 発行:東京新聞 1996

「東京富士美術館所蔵 名品選集U 西洋絵画」発行:東京富士美術館 1991