|
|||||||||||||
Vladimir Tatlin |
|
ウラジミール・タトリン |
|
|
|||||||||
|
経歴 1885 ロシアのハリコフで技師の家庭に生まれる。水夫としてエジプト、シリアなどを訪れる 1909 モスクワの絵画・彫刻・建築学校で学ぶ。ラリオーノフ、ゴンチャローヴァの影響を受ける 1913 ウクライナ音楽団とともにベルリンへ。ロシア民芸展を開催 ピカソと出会い、その後、立体造形的な絵画作品を制作する 1915 トラムウェイX展に出品。また、「0.10」展に、はじめて<コーナー・カウンター・レリーフ>を発表 1917 ロドチェンコとともに「カフェ・ピトレスク」の室内装飾を手掛ける 1918 革命後、芸術学校で教鞭をとり、人民教育委員会造形美術部門モスクワ支部長となる 1919 美術省依頼の<第三インターナショナルのためのモニュメント>に着手。モデルにとどまるが、夢のモニュメントとして構成主義としての価値が高い 1921以後 芸術と産業の橋渡しを目指す構成主義の第一人者として、造形技術部門の要職を歴任 金属工芸、陶器などの工業デザイン分野での形態と経済性、機能を結びつける努力を続ける 1953 死去
|
|
<国内で見られる主な作品・所蔵品>
|
|
構成主義の中心的存在のタトリン。しかし、革命前の作品群のカウンター・レリーフなどは構成主義とは異なる“純粋芸術”として、造形の新たな分野を生み出さんばかりです。 また、著名な<第三インターナショナルのためのモニュメント>の塔は、実際には実現不可能な構成であり、あくまでもヴィジョン、新しい世界への高揚感を表したようなものであり、どちらかというと構成主義の実用というよりも、新たな時代には新たな形式・手法が必要である、という現代美術家の思考に近いと感じます。 タトリンの個性をあえてあげるとすれば、見た事のないものをみせてくれるという衝撃と空間の力学的な均衡・バランスでのまとめ方ではないでしょうか。さまざまな素材で作られている<カウンター・レリーフ>も、左右のバランスが作品としての統一感を生み出しています。 また<第三インターナショナルのためのモニュメント>は、螺旋状に上昇していく塔の内部には、立方体、円筒、四角錐が組み込まれて(回転するという)、二重螺旋構造とのバランスが絶妙です。 その危ういように見えながらバランスを保つ見た事のない形状に、私は知的な興奮を覚えてしまったりします。もしこんな塔が(内部の回転する部分には議会やら行政府、情報局が入るという構想だった)実際にこれからの新しい社会では建造できると考えたら、たしかに凄いなぁと妙に興奮しません?
参考文献 「美術手帖 1974年9月号 特集 マレーヴィッチ 絵画の無化をめざして」 発行:美術出版社 「美術手帖 1982年2月号 ロシア・アヴァンギャルドのデザイン感覚」 発行:美術出版社 「夢見る権利 ロシア・アヴァンギャルド再考」 著:桑野隆 発行:東京大学出版局 1996 |
|||||||||