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Antoni Tapies |
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アントニ・タピエス |
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経歴 1923 スペインのバルセロナで弁護士の家庭に生まれる。13歳から16歳までの間、スペイン内戦を経験。共和国側の敗戦、フランコの独裁へ。サルトルやハイデガーなどの実存主義の哲学を愛読書とする バルセロナ大学法学部で法律を学ぶかたわら素描を学び、途中で法律を放棄し美術へ。 スペイン内戦で精神的なダメージを受ける 1942 山岳地に長期滞在し、神秘主義的な自画像を制作 1948 詩人のホアン・ブロッサとともに「ダウ・アル・セット(7つ日の骰子)」誌を創刊 1950 バルセロナのライエタナス画廊で初めての個展。フランス政府給費留学生としてパリへ。フォートリエやデュビュッフェのアンフォルメルを知る 1953 マドリードで個展。サンパウロ・ビエンナーレで買い上げ賞。シカゴでアメリカで初めての個展。マーサ・ジャクソンと契約し、NYで個展 1954 テレサ・バルバと結婚 1955 第三回イスパノ・アメリカーナ・ビエンナーレでコロンビア共和国賞受賞。“壁”をテーマにした作品の制作を開始 1957 ドイツで個展 1958 ヴェネツッア・ビエンナーレでユネスコ賞とディヴィット・ブライト財団賞を受賞 1959 NY近代美術館、グッゲンハイム美術館が作品を買い上げる。油彩画の上に厚紙をつけるスタイルの制作を開始 1960 ドイツでのスペイン美術展にチリダ、ミロ、ピカソらとともに出品。ミュンヘン美術館、NY近代美術館、グッゲンハイム美術館の各展覧会に作品を出品。東京国際版画ビエンナーレで外務大臣賞。記号などが作品の中で目立つようになる。 カタロニアに転居し、この土地への愛着が重要なものになっていく 1962 チューリッヒ美術館、グッゲンハイム美術館で回顧展。反フランコ派への連帯を表明 1963 バルセロナのサラサゴ通りにアトリエを構える。グッゲンハイム国際賞受賞 1965 英国ロンドンで回顧展 1966 マントン・ビエンナーレでフランス共和国大統領大賞を受賞。反フランコ派がカプチニ修道院に立て篭もった「カプチナーダ」に参加し、逮捕、投獄される.国際的抗議で数日で釈放 1967 リュブリアナ国際ビエンナーレで大賞。パリのマーグ画廊と契約し個展 1968 ウィーンで回顧展 1970 バスク・テロリストに対する死刑判決に抗議し、修道院に立て篭もる。翌年より政治的要素が作品に多くなる 1973 パリ市近代美術館で回顧展 1974 ルイジアナ美術館、ベルリン国立美術館で回顧展 1976 西武美術館、シカゴ現代美術館、マーグ財団、ミロ財団で回顧展。ヴェネツッア・ビエンナーレに参加 1977 北米の諸都市で回顧展 1979 フランコが死去して4年たち、バルセロナ市民賞受賞。 1980 マドリード現代美術館で、スペインで初めての回顧展 1981 国王ファン・カルロス一世より美術金メダルを授与される 1982 ヴェニス・ビエンナーレで個展 1984 スペインの国連協会から平和賞を 1985 ミラノ、ブリュッセルで回顧展。フランス政府より絵画国家対象を授与される 1987 カルラス・タシュ画廊で初めてのブロンズ彫刻展 1990 日本美術協会より高松宮殿下記念世界文化賞。マドリードのレイナ・ソフィア芸術センターで回顧展 1991 改装後のカタルーニャ美術館用のオブジェ(巨大な破れ靴下)が物議をかもす 1993 ヴェネツッア・ビエンナーレで金の獅子賞。 1995 カタルーニャ自治政府より国家造形芸術賞重症 1996 日本で回顧展
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<国内で見られる主な絵画・所蔵品>
<国内で見られる主な版画・所蔵品>
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より理解のために <アントニ・タピエス関連の書籍>
参考文献 『実践としての芸術 』 著:アントニ・タピエス 訳:田澤耕 発行:水声社 1996 「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 「セゾン現代美術館 所蔵品図録」発行:セゾン現代美術館 1990 「愛知県美術館所蔵作品選」発行:愛知県美術館 1992 「滋賀県立近代美術館名品選 現代美術」発行:滋賀県立近代美術館 平成6 「大阪市立近代美術館所蔵作品110選 絵画・彫刻編」発行:大阪市立近代美術館 2000 「大原美術館の120選」発行:大原美術館 1980 「横浜美術館所蔵品目録T」 原美術館ホームページ ARTabase |
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