Franz Von Stuck


  

  フランツ・フォン・シュトゥック


  

  

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絵画の制作技法・構造と効果 目次

 経歴

1863 ドイツのテッテンヴァイスに生まれる

雑誌『フリーゲンデ・ブレッター』のカリカチュア画家として活動。その後、本格的に芸術制作活動に入る

1889 ミュンヘンでの水晶宮で作品展示

1892 トリュブナーやウーデらとともにミュンヘン分離派を結成。外国の芸術家を招待し、毎年展覧会を行う。第1回ミュンヘン分離派展開催

ウィーン分離派やベルリン分離派のモデルともなる。

画家として名声を早くも得て成功する

1893 代表作のひとつ『罪』(大蛇を身にまとい、挑発するようにこちらを見つめる裸婦)を制作

1897 アメリカ人女性のリンドペイントナーと結婚

1898 新古典主義様式の邸宅を建てる。そこで「綜合的な芸術作品」の実現を目指した

1899 次第に表現主義的な画風に移行していく

1928 ミュンヘンで死去

 

 

 

  

 

 

 

  

 

 極めて耽美主義的な画風。妖しい女性像は、いかにも妖しい。可憐な女性像は徹底的に可憐。

まるで、ヒールとヒーロー(善玉、悪玉)に分かれていたひと昔前のプロレスのようです。

 だから、「そうしたことはわかっているよ」と割り切った上でも、その瞬間にはその世界に熱く入り込める人には魅力的な世界なのでは。

 

 

参考文献

 「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 監修:カトリーヌ・クロエス、フランソワ・ドールト、木島俊介 発行:東京新聞 1996