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Alexander Rodchenko |
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アレキサンダー・ロドチェンコ |
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経歴 1891 ロシアのペテルスブルグで舞台装飾職人の家庭に生まれる。モスクワのストロガノフ応用美術学校に入学するも、1年で退学。画家を志す ゴンチャローヴァやマレーヴィッチの影響を受ける 1916 タトリン組織の倉庫展に招待されて抽象的ペン画を出品 1917 タトリンのサポートとしてカフェ・ピトレスクのデザイン(室内装飾)を行う 1918 革命後、人民教育委員会造形美術部門のメンバーとなり、美術館および購入基金部門の責任者となる タトリンとともに生産芸術論を推進 その後、構成主義的様式によるタイポグラフィ、写真、舞台芸術が主要な仕事となる 1923 「われらが産業」シリーズの菓子の包装なども手掛ける。<広告−構成者 マヤコフスキー−ロドチェンコ>の商標をつくり、さまざまなポスターを手掛ける
1956 死去
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構成主義の中心的存在であったロドチェンコ。彼にとって、グラフィック・広告の仕事は芸術の下に位置するものという意識はなく、広告の仕事自体を重要なものと考えていたといわれます。 構成主義自体、日常的なものが人々の意思や生活を変えられるという考えであり、革命後の新たな世界の構築ほどダイナミックな創造はなかったのでしょう。 舞台美術から家具、ポスター、作業服、菓子の包み紙にいたるまで、すべてに一新を目指したロドチェンコ。人びとの生活の意味を変えるために、すべてに新しい意味の必要性を本気で考えていたわけです。 そのために、美術家としてのロドチェンコとしての個性は奪い取られ、いや自身ではぎとったために、現在ではロシア・アヴァンギャルドとしてのカテゴリーの中でしか作品が存在しえないことになってしまったのでしょう。
参考文献 「美術手帖 1974年9月号 特集 マレーヴィッチ 絵画の無化をめざして」 発行:美術出版社 「美術手帖 1982年2月号 ロシア・アヴァンギャルドのデザイン感覚」 発行:美術出版社 「夢見る権利 ロシア・アヴァンギャルド再考」 著:桑野隆 発行:東京大学出版局 1996 |
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