|
|||||||||||||
Georges Mathieu |
|
ジョルジュ・マチュー |
|
|
|||||||||
|
経歴 1921 ブローニュで銀行家の家庭に生まれる。法律と英語を学ぶ 1942頃より絵画制作を始める。その後、非具象作品を模索 1945 絵画の即興性に焦点をあて、床に置いたキャンバスに描き始める 1947 パリへ出る これを機に、さまざまな執筆活動と展覧会を組織する 1949 ドゥールアン画廊ではじめての個展 1951 ニーナ・ドーセ画廊で美術評論家タピエが組織した「激情の対決」展でに出品。ヴォルス、アルトゥングの作品とともにポロック、デ・クーニングの作品も展示される 1952 タピエが「アンフォルメル」という言葉を使い始め、アンフォルメルのデモンストレーター的役割を担っていく 1957 来日し、公衆の前で儀式や祭りを行い、3日間で21枚の作品を制作する。白木屋で展覧会。また、白木屋ガレージで草月会館ホールの壁画を制作。 サム・フランシスやタピエとの来日であり、日本の具体と共振し、日本でのアンフォルメル運動も盛んになる 1959 著書『タシスムの彼方に』を刊行 その後、陶器、タピストリーの制作、ポスター、切手、貨幣のデザイン、公園の設計など公共活動にスタンスを移す
|
|
<国内で見られる主な作品・所蔵品>
|
|
即興でも作品を制作したマチュー。よく書道との関連性も語られます。即興性で重要となるのは、経験によって磨かれた直観。そして、その経験をどこかで断ち切って飛ぶ大胆さ。もしくは、そこから次の次元への糸口を見つける飛躍。 わかりにくい説明かもしれません。たとえば、あることを四六時中考えて右往左往した後に、ふっと良いアイデアを思いついたという経験はありませんか? いろいろなことが絡まりあってわからなかったことが、自分の中で消化できたために、それまでの自分では考えつかなかったことが思いつく。そのようなものです。 マチューにとっての絵画制作とは、今までの自分が、その瞬間に自分を超えていくためのものだったのかもしれません。 そう考えるとマチューはとても幸せな行為に没頭できていたのでしょう。
参考文献 「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 「戦後日本を駆け抜けた異色の前衛――勅使河原蒼風展」 編集:遠藤望、杉山悦子 発行:世田谷美術館、財団法人草月会 2001 「パリのカフェと画家たち展 モンマルトル、モンパルナス、サン=ジェルマン=デ=プレ」 フランス側監修:シルヴィー・ビュイッソン、日本側監修:中村隆夫 発行:読売新聞社 1999 「現代美術事典 アンフォルメルからニュー・ペインティングまで」 監修:中原佑介 編・発行:美術出版社 1984
|
|||||||||