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Aristide Maillol |
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アリスティド・マイヨール |
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経歴 1861 スペイン国境近くのバニュルスで織物商とぶどう栽培を行う家庭に生まれる。 パリに出て、パリ国立美術学校、ジャン・ポール・ローランのアトリエで学ぶ 1888 サロンに出品し入選 1890 サロンに再度入選するが、アカデミーの審査基準を疑問視し、国民美術教会のサロンに出品するようになる 1893 5年前に結成されていたナビ派に参加。 油彩以上にタピストリーの制作に専心。眼病にかかったのを機に断念 眼病の回復とともに、彫刻制作を独学で始める 1902 ヴォラール画廊での個展にロダンが注目し、作品<レダ>を買い上げる 1905 サロンに大作<地中海>を出品。これにより評判となる 1908 パトロンとなるケスラー伯爵にともないギリシア旅行。オリンピアの彫刻に感銘 その後、形態美にさらに向かう 1919 セレ市から戦没者記念碑の依頼を受けて制作 1925 <ポール・セザンヌの記念碑>に対しエクス市が受け取り拒否。パリ市が購入する 1933 NYのブルマー画廊で大規模個展。バーセル美術館で大回顧展 1940 最後の彫刻作品「アルモニー」の制作 1944 死去
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<国内で見られる主な作品・所蔵品>
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現代では、その彫刻作品が著名なマイヨールも、1899年までは画家としてナビ派に参加しています。 サロン出品時代の作品で最も著名なのは<日傘の女>。海辺を歩く女性のピンクのドレスが映える、明るい色彩による作品で、後の彫刻作品に通じる甘美で堂々たる量感が漂っています(ナビ派時代のマイヨールの作品は見たことがないのでコメントは控えます)
参考文献 「美術手帖 1976年1月号 特集 ナビ派−−色彩の預言者たち」 コラム 著:末永照和 発行:美術出版社 「オルセー美術館展 モデルニテ−−パリ・近代の誕生」 編集:高橋明也、日本経済新聞社 発行:日本経済新聞社 1996 「ヨーロッパ巨匠彫刻展 ロダンからムアまで」 編集:現代彫刻センター 発行:村内美術館、読売新聞社 1984
「国立西洋美術館所蔵品カタログ 絵画・彫刻」 平成9年 「川村記念美術館図録」 1995 「埼玉県立近代美術館コレクション選100」 「山梨県立美術館蔵品総目録 1978-1983」 「静岡県立美術館蔵品目録 1986年版」 「メナード美術館作品図録」 1987 「西宮市大谷記念美術館 所蔵品目録」1991 「島根県立美術館コレクション選」 1999 「大原美術館の120選」 1980 「ひろしま美術館収蔵品目録−西洋編」 1994
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