|
|||||||||||||||||||||||||
Rene Magritte |
|
ルネ・マグリット |
|
|
|||||||||||||||||||||
|
経歴 1898 ベルギーのエノー地方のレッシーヌで婦人帽子店の家庭に生まれる。母は鬱病のすえに入水自殺。 1916 ブリュッセルの美術学校に入学し学ぶ 1921 戦争省に属し、基地で兵役につく 1922 ベルジェと結婚。グラフィックデザイナーとして壁紙工場で働く 1923 エル・リシツキー、モホリ=ナギらとともにアントウェルペンの王立美術クラブで作品を展示。かたやポスターなどの広告の仕事を行う 1924 ピカビアの雑誌「391」に声明文をよせる 1925 デ・キリコの作品を見て形式的な表現を放棄 1926 ブリッセルのサントール画廊で個展を行い、その後、契約を結ぶ ベルギーの中でのシュルレアリストとして中心的な存在となる 1927 パリに出て、ブルトンのサークルに加わる。パリには30年まで滞在。シュルレアリスム運動に加わる 1928 ギャルリー・グーマンスでの「シュルレアリスト展」に参加 1930 パリでシュルレアリストたちと展覧会を開くが、ブルトンと仲たがいし、ベルぎーへ帰国する 1933 ベルギーでのシュルレアリスム運動を続ける。ブリュッセルの美術宮で個展 1936 NYのジュリアン・レヴィ画廊で展覧会。ロンドンでのシュルレアリスム国際展に参加。生活苦のため弟でグラフィック系工房をつくり、本の装丁などの仕事も 1937 ロンドン画廊で展覧会。東京でのシュルレアリスム展のために来日。タンギー、マン・レイとともにブリュッセル王立美術館で展覧会を開催 1938 ジュリアン・レヴィ画廊とロンドン画廊で新作展。パリとアムステルダムのシュルレアリスム国際展に参加 1940 戦火を逃れ、カルカソンヌに避難 1944 ブリュッセルでの展覧会が失敗 1945−47 ルノワール形式と呼ばれる作風。かつての思考を戦時の社会情勢によって去勢されたものとして評判は悪い 1948 フォーブをもじった牝牛風作風と呼ばれる。画商ヨラスが力添えを行う 1952 クノック=ル・ズートで個展 1953 ローマ、パリ、NY、ロンドンで展覧会 1954 ブリュッセルの美術宮で回顧展 1956 イオラスと独占契約を結び、ヨーロッパ各地で展覧会。グッゲンハイム賞を受賞する 1957 アレキサンダー・イオラス画廊で好例の個展 1959 イクセル美術館で回顧展 1960 リエージェ美術館、ダラス現代美術館で回顧展 1965 NY近代美術館での回顧展のために渡米 1967 死去
|
|
<国内で見られる主な絵画・所蔵品>
ここでは、くどくど言いません。さらに知りたい方は、右上からのリンク「マグリットの言葉」や「マグリットの絵画の制作技法・構造と効果」のコーナーを参照ください。
|
|
より理解のための <マグリット関連の書籍>
参考文献 『岩波世界の巨匠 マグリット』 著:ユベール・アダッド 訳:山梨俊夫、長門佐季 発行:岩波書店 1996 『ルネ・マグリット展』 編集:朝日新聞社文化企画局 発行:朝日新聞社 1994 「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 「身体と表現 1920−1980 ポンビドゥーセンター所蔵作品から」 編集:東京国立近代美術館、市川政憲、千葉成夫、中村和雄 発行:NHK、NHKプロモーション 1996 『岩波世界の美術 ダダとシュルレアリスム』 著:マシュー・ゲール 訳:巖谷國士、塚原史 発行:岩波書店 2000 『シュルレアリスム』 共著:ロジャー・カーディナル、ロバート・S・ショート 訳:江原順 発行:PARCO出版局 1977 川村美術館ホームページ
|
|||||||||||||||||||||