Allan Kaprow


  

  アラン・カプロー


  

  

トップページ(ピースフルアートランドびそう)

美術家DATAフルクサス/ハプニング 目次

美術家の言葉 目次

ism(美術運動)の証言 目次

絵画の制作技法・構造と効果 目次

経歴

 1927 アメリカ合衆国ニュージャージー州に生まれる。

 実験的音楽を行っていたジョン・ケージの講義に参加

1958 ニュージャージー州の養鶏場で、周囲の環境と身体の偶然性を取り入れたといわれるパフォーマンスを行う

1959 NYのルーベン画廊で「6つのパートから成る18のハプニングス」で、ハプニング行動を始める

 これは画廊主ルーベンとカプローが、場所と時間を指定してパプニングを起こす計画を立て、それに協力、参加するよう人々に招待状を送付。その場所(画廊の部屋)で、部屋は3つに仕切られ、そこでパフォーマーたちがダンスや器械体操の身振りを脈絡なく行うというもの。

1960 ジム・ダイン、オルデンバーグらと知り合い、彼等もハプニングを行う。

 この後、《ハプニング》は、言葉と様式が一人歩きし始め、様々なアーティストが行うようになる(アンディ・ウォーホルやフルクサスのメンバーそのほか多数)。

1961 《春のハプニング》を発表。画廊の中で木、布、ビニールで囲ったトンネルを作り、そこで草刈り機を動かしたり、枝で叩いたりしながら、影の効果を作り出す

古タイヤを山積みにし、そこにあるものを黒の布で覆ってロープで縛ったものを設置した《ヤード》を行う

1962 ハプニング《死への奉仕》、《中庭》を行う

1963 ハプニング《樹》を行う

1964 ハプニング《オレンジ》《家族》を行う

1966 自身の形式をまとめた著作「アッセンブリッジ、エンヴァイロメント、ハプニング」を刊行。後々まで多大な影響を与える

 1981 デュセルドルフで61年に行ったヤードをほぼ再現する

 

  

 

 カプローの考案した《ハプニング》とは、現在認識されている「ハプニング」の意味合いとはかなり異なるようです

 カプローの《ハプニング》は、複数回以上の実施と、綿密な計画に基づくリハーサルが行われ、観衆の必要性はない(いるにこしたことはないが)。ただし、その結果については、偶然性が大きく影響(要素として存在)し、それぞれで予期せぬ結果、異なった結果が導き出されていくというものです。

 さすがに《ハプニング》ですから、作品所蔵というわけにはいきませんが、どこかの国内の美術館でその記録映像を所有しているところはないでしょうか?

 アラン・カプロー関連の書籍

 

  

 

 

 参考文献

 秋山邦晴 「ハプニングの歴史と世界のハプナーたち」 『美術手帖1968年8月号 特集:ハプニング/環境としての光の芸術/デ・クーニング』 発行:美術出版社

 中原佑介 「ハプニング・体験としての芸術」 『美術手帖1968年8月号 特集:ハプニング/環境としての光の芸術/デ・クーニング』 発行:美術出版社

 『現代美術事典 アンフォルメルからニュー・ペインティングまで』 監修:中原佑介 編:美術出版社編集部 発行:美術出版社 1984

篠田達美 「行為の軌跡[外国]」「美術手帖1985年10月号 特集:パフォーマンス」発行:美術出版社

「美術手帖1997年11月号 特集 インスタレーション 表現空間の変遷」 発行:美術出版社