Gustave Moreau


  

  ギュスターヴ・モロー


  

  

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経歴

 1826 パリの建築技官の家庭に生まれる。妹の死去に衝撃を受ける。家族とイタリア旅行の後、国立美術学校に入学。ドラクロワにも出会う。

ドラクロワ的な作品を制作する。しかし、もっとも影響を受けたのはシャセリオーの絵画であった

1949 ローマ賞のコンクールに応募するも落選

1852 サロンに出品し、国家買い上げとなる。この後も国家買い上げが続く

1857−59 イタリア旅行。ドガと知り合う。独自の画業に近づいていく

1864 10年ぶりにサロンに出品。ナポレオン公買い上げに。

1870 戦争勃発で国民軍入隊。

この頃より以後、洗礼者ヨハネの悲劇的物語を主題とした作品を描き続ける

1878 第3回パリ万国博覧会で特別展示コーナーを得る。

1880 サロンに最後の出品。文学者から絶賛される。

この頃から以後、男女両性を持つようにみえる人物像を数多く描くようになる

1883 マネの推薦により、レジヨン・ドヌール勲章オフィシエを受ける

1889 アカデミー会員となる

1892 国立美術学校の主任教授に就任。マチス、マルケ、ルオーなどが生徒としている

1898 パリにて死去。死去まで教鞭をとる

ギュスターヴ・モロー美術館(アカデミーに遺贈された自宅と作品による)の初代館長はルオー

 

  

 

<国内で見れる絵画作品・所蔵品>

●国立西洋美術館

制作年

ピエタ

1876

聖チェチリア

1885-90頃

牢獄のサロメ

1873-76頃

●横浜美術館

 

岩の上の女神/グワッシュ・紙

1890頃

●ブリヂストン美術館

 

化粧/グワッシュ・水彩・紙

1885-90頃

●群馬県立近代美術館

 

救済される聖セバスティアヌス/グワッシュ・水彩・紙

1885頃

●岐阜県美術館

 

ピエタ

1856

サン・セバスチャンと天使

1876

●メナード美術館

 

サロメの舞踏/インク・水彩・紙

1876頃

●大原美術館

 

雅歌/水彩・紙

1893

 

  

 

デカダン的文学の発生にまで影響を与えたモロー

数々の神話をモチーフにし、さまざまな人間模様を描き出す…でも、画面に登場する人物たちの、そのイケ面ぶりとプロポーションの良さに先に眼がいってしまうのは仕方ないのかも。『入れ墨のサロメ』は、そうしたモローの作品の中でも珍しく実験的な作品。

伝統的な技法で描き出した裸体や周囲の建築物に、黒い線で装飾的文様を描き入れています(『出現』(1876年作)は、対して白い線で行われていますが)。今でいう、ダブル・イメージの作品ではありませんが、こうした形式を用いた方が、より画題にあっていると個人的には思います。

ギュスターヴ・モロー関連の書籍

 

 

 

 参考文献

 「ギュスターヴ・モロー 絵の具で描かれたデカダン文学」著・鹿島茂 発行・六耀社 2001

「世紀末ヨーロッパ 象徴派展」 監修:カトリーヌ・クロエス、フランソワ・ドールト、木島俊介 発行:東京新聞 1996

「国立西洋美術館所蔵品カタログ 絵画・彫刻」発行:国立西洋美術館 平成9年

「岐阜県美術館所蔵品目録」発行:岐阜県美術館 1882

 「メナード美術館作品図録」発行:メナード美術館 1987

「ブリヂストン美術館名作選 西洋編」発行:ブリヂストン美術館 1985