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Raoul Dufy |
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ラウル・デュフィ |
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| 経歴 1877 フランスのル・アーヴルで生まれる。9人の兄弟がおり、早くからコーヒー輸入会社に勤務する 1892 市立の美術学校の夜間課程に通う 1898-99 兵役に 1900 ル・アーヴル市より奨学金を得てパリに出る。国立美術学校に入学し、レオン・ボナのアトリエで学ぶ 1903 アンデパンダン展に出品。1913年まで定期的に出品 1904 マルケとともにフェカンへ旅行 1905 サロン・ドートンヌで賞賛されたマティスの作品に影響を受けフォービズムへと向かう(<豪奢、静寂、悦楽> 1906 ベルト・ヴェイルで初めての個展。サロン・ドートンヌにも初めて出品 1907 セザンヌ回顧展に感動 1908 フォービズムから離れていく 1910 生活に困窮し、生活のために版画制作を行う。ギョーム・アポリネールと親交を結び、彼の『動物詩集』のための挿絵を木版画で制作 1912 リヨンのビアンキーニ=フェリエ商会とデザイナー契約を結ぶ。1930年までテキスタイルのためのデッサンを提供 1919 地中海のヴァンスに滞在。セザンヌに影響を受けた時代が終わる。木版画をやめ、リトグラフの制作をはじめる 1921 ベルネーム=ジュンヌ画廊で個展。1932年まで定期的に展覧会を開催 1922-23 フィレンツェ、ローマ、シシリー島へ旅行 1925 モロッコへ旅行し水彩画制作。壁掛けの制作も 1926-27 カンヌ、ニースに頻繁に滞在。独自の画風を確固として確立 1927 ポルティーク画廊で展覧会。28と30にも。 1936-37 世界万博の電気館のパビィリオンのための巨大な装飾壁画の依頼を受ける『電気の精』 1937 「アンデパンダン展の巨匠たち」展に34点を出品 1938 NYのビグナウ画廊で展覧会 1943 ドイツ軍がヨーロッパ占領時代の真っ只中に、ブリュッセル市が市の資金だけでデュフィ展を企画 1947 パリのルイ・カレ画廊で個展 1950 治療を受けるためにアメリカへ。52年まで滞在。ルイ・カレ画廊で展覧会 1952 ジュネーブの美術歴史博物館が最大規模の個展。ヴェネツッア・ビエンナーレでグランプルを獲得 1953 コペンハーゲンのニュー・カールスバーク・グリプトテック美術館で個展 同年、死去
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<国内で見られる主な絵画・所蔵品>
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より理解のために
「La Collection ポンピドー・コレクション展カタログ」編集発行:東京都現代美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 1997 「ロー・コレクション 西洋絵画500年の巨匠たち展」 監修:マルク・レステリーニ、千足伸行 発行:アート・ライフ 1999 『RAOUL DUFY デュフィ作品集』(著:ドラ・ペレス=ティビ 訳:小倉正史 発行:リブロポート 1993 「国立西洋美術館所蔵品 カタログ・絵画彫刻」 発行:国立西洋美術館 H9 「愛知県美術館所蔵作品選」 発行:愛知県美術館 1992 「メナード美術館作品図録」 発行:メナード美術館 1987 「125の作品 三重県立美術館所蔵品」 発行:三重県立美術館 1992 「島根県立美術館コレクション選」 発行:島根県立美術館 1999 「大原美術館の120選」 発行:大原美術館 1980 「ひろしま美術館 所蔵品図録−西洋編」 発行:広島美術館 1994
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